第9章 愛はお金で買えますか
「今日、マスターに急用ができたようで。僕が代わりに」
どうして。
何故、安室さんがここに。
・・・いや、すぐにいなくなる方が不自然だと判断したのか。
私だって同じじゃないか。
気まずさなのか何なのかは分からないが、咄嗟に彼から視線を外すと、着替えのためにスタッフルームへと向かいかけた時。
「・・・!!」
いつの日だったか。
あの時と同じように。
スタッフルームに入るのは同時だったはずなのに、引きずり込まれるように部屋へと入ると、扉に勢いよく押し付けられ、透さんの体で蓋をするように追い込まれた。
「と、透さ・・・」
「諦めませんよ」
もう、バーボンと呼んでも構わないだろうが。
なんとなく、その名を口にすると、彼はかき消すように言葉を被せてきて。
「貴女が何者でも、僕は諦めません」
真っ直ぐ、鋭い眼光で。
彼は私を見つめながら、ハッキリと強い意志を持った口調で、そう言い切った。
「・・・っ」
苦しくなる。
それは気持ちが追い込まれているせいなのか、物理的逃げ場がないからなのか。
ただ、そんな中でも、一つだけ彼の言葉で引っかかりを覚えた。
何者、でも。
彼は確かにそう言った。
単純に考えれば、FBIでも・・・という意味なのだろうが。
本当に、なんとなくの直感でしかないが。
そう言われているようには聞こえなかった。
つまり彼はまだ、私がFBIの人間だということに、気が付いていない・・・?
「聞きたいことは山程あります。それは貴女も、ですよね?」
二日前の別れた時とは違う。
いつもの自信を秘めた表情だ。
「でも、今は聞きません。だから僕にも聞かないでください」
もう、これ以上の接触は恐らく不要だ。
赤井さんは彼の正体を知っている。
私の役目は終わった。
それは同時に、彼もそうであるはずだ。
なのに、何故。
「約束まであと約半月・・・まだ有効ですか?」
まだ私に、こだわるのか。
まだ何か、目的があるのか。
「有効であれば、僕を見てください」
理由に皆目見当もつかない。
彼に構う理由もないはずなのに。
・・・何故。
「何者でもない、僕を」
彼から・・・目が離せないのだろうか。