第9章 愛はお金で買えますか
「・・・帰ります」
間違っていなかった。
バーボンも、私も。
今日は彼らに上手くやられただけで。
「今日は泊っていかれては?」
「結構です」
分かってしまえば簡単で。
そして、存外冷静な自分がいて。
「ではまた。沖矢さん」
これで彼に会うこともないだろう。
もう、意味が無くなったのだから。
工藤邸の外へと出ると、少し冷たい空気が私の傍を駆け抜けて。
寂しさのようなものを余計に誘ってきた。
「・・・・・・」
もう、ポアロにいる意味もないだろう。
帰ったら、赤井さんからの指示を待ちながら、部屋を発つ準備をしよう。
ようやく慣れてきたこの町とも、お別れか。
そんなことを考えながら、ふと見上げた空に星は無く、まるで私の心の中を映し出しているようだった。
ーーー
二日後。
本当は昨日もポアロのシフトが入っていた。
前日の体調不良を利用して次の日も休みを取ると、私はアメリカに帰る準備を進めていた。
全て知っているだろうが、工藤邸であったことを赤井さんに報告した後に指示を仰いだが、待機以外の言葉はもらえなかった。
その次の日である今日。
私はポアロに退職理由を持って出勤した。
今日はマスターと二人だ。
いつ、赤井さんに帰国命令を出されても構わないよう、持つのは理由だけ。
もう、バーボンもポアロに来ることはないだろう。
来る理由もない。
あの日から部屋に戻ってきた気配もない。
恐らく彼も部屋を発つだろう。
色々とハッキリさせておきたかったことはあるが、闇に葬り去った方が良いこともある。
そう自分を納得させるように心の中で言い聞かせながら、ポアロの扉を開いた。
「おはようございます」
聞き慣れたドアベルの音の後。
またしても、聞き慣れた声が聞こえてきて。
「ど・・・」
いるはずのない、いると思っていなかった人物を目の前に、思考も動きも、全てが止まってしまった。