第9章 愛はお金で買えますか
「・・・否定しないんですか」
「!」
彼の表情に気を取られ、言葉にまで気が回らなくなっていた。
「いえ・・・っ」
咄嗟に否定しようとしたが、あまりにも信ぴょう性のない沈黙が流れすぎていて。
いずれにせよ、否定したところで意味がない。
目の前で事実であることを証明してしまったのだから。
「僕には、手を伸ばしてくれたことはないのに」
「と、透さん・・・」
胸が・・・ざわつく。
何故こんなにも罪悪感に押しつぶされそうなのか。
彼を私から求めるなんて、あり得ない。
それは彼自身が一番よく分かっているはずじゃないのか。
彼がバーボンで、私が元組織の人間ということだけで。
その事実だけで、お互い勘違いしないには十分じゃないか。
その事実があるのに、何故。
彼は私が心を開かないことに辛さを感じているのか。
もしこれが演技だとするなら、彼にこそマカデミー賞をあげるべきだと思うが。
・・・残念ながら、本音としか思えなくて。
「・・・出直します」
「ま・・・っ」
待って。
そんな身勝手な言葉を、言えるはずもなく。
彼はその後の表情を見せないようにすると、静かに工藤邸を後にした。
透さんが出て行った扉を暫く見つめ、何も・・・本当に何もできなかった自分への失望と絶望を同時に味わって。
「・・・」
ここにいる意味どころか、そもそも日本にいる意味さえ分からなくなっている中、背後に気配を感じたが、振り返る気力なんて残っていなかった。
どうせ、立っている人物も決まっているのだからと、振り返る必要性も感じられなかった。
「・・・お疲れ様でした」
疲れた。
それは確かだ。
でも、一体何に。
「・・・・・・」
こういう感情が、自暴自棄に近いのだろうな。
もう色々とどうでもよくて、自分の中で理由をつけては全てを無意味にしようとする。
・・・けど、自分の中ではっきりさせておきたいことが一つだけあった。
「沖矢さん・・・本当に何者なんですか」
それを明らかにする為、背後に立つ彼へと、そう問いかけた。
「ただの大学院生ですよ」
それに対して彼はそう答えて。
自分の中で確信が持てた。
ああ、やはりそうか、と。