第8章 ハートの無いトランプ
一瞬だった。
彼の顔が近付いたのも、頬に口付けられたのも。
思わず、呆然と口を開いて彼に視線を戻してしまった。
「・・・これでも、我慢していることは伝わってください」
僅かに眉を下げ、子犬のような表情で小首を傾げながら私にそう言った。
「・・・・・・」
中身は、獣のくせに。
・・・どうして。
どうしてそんな顔ができるのか。
「どうして・・・私なんですか」
組織の為ならそこまでやるのか。
なぜ、そこまで自分を嘘で固められるのか。
・・・どうして、組織は・・・バーボンは私にこだわるのか。
「やっぱり、初恋の相手に似ているからですか?」
思っていることと、言いたいことの矛盾が酷い。
それでも言葉は勝手に口から溢れ出てきて。
「透さんのような人なら、他にも沢山いるじゃないですか」
・・・かき乱さないでほしい。
バーボンなら、もっと手っ取り早い方法を選べるはずだ。
何の為に、私に。
「どうして・・・私なんか、に・・・っ」
こんな事をするのか。
「!?」
混乱からか、本音が入り交じった言葉がとめどなく溢れて来る中。
突然、私の体はベッドに倒されていて。
両手はいつの間にか彼の両手で押し付けられていた。
「と・・・」
「伝わらないものですね」
・・・震えそうだ。
声も、体も。
この状況にもそうだが、自分を少しでも見失ってしまったことが怖くて。
ベッドに押し付けられたことによって少し我に返り、恐る恐る彼の名前を呼ぼうとしたけれど。
それは瞬時に遮られてしまった。
「もっと、言葉にした方が良いですか?それとも態度で示した方が良いですか?」
影が、私に落ちて。
彼の顔に影がかかるせいで、そう見えたのかもしれないが。
笑顔なのに、どこか悲しい・・・泣きそうな表情に見えた。
「どう、いう・・・」
やはり嘘には見えない。
声も表情も、全て。
でも、嘘でなければ。
何を意味しているのか、分からなくなる。