第8章 ハートの無いトランプ
「・・・っ」
頬に、滑らせるように彼の手が添えられた。
体温が一体となり、互いが互いを染め合うようで。
・・・それにすら、恐怖を覚えた。
「!」
また瞼を閉じてしまいそうな衝動を何とか抑えていると、頬に添えていた彼の手が、俯いていた私の顔をそっと上げさせて。
彼の目を、見つめさせられた。
「ひなたさん」
・・・やはり、洗脳のようだ。
何度も名前を呼ばれ、見つめられ、そしてこの男に溺れていく。
こんなの、彼の正体を知っていなければ、誰だって勘違いする。
自分が彼にとって、特別なのではないか、と。
「キスはどうですか?」
「!?」
頭の中だけは、比較的冷静さを徐々に取り戻していたのに。
瞬く間にそれは音を立てて崩された。
「え・・・っと・・・」
真っ直ぐに、見つめてくる。
それに気圧されるようで。
いつだって捨てる覚悟はできていたはずなのに、いざとなればこうして怖気付く。
顔にも、動揺を出してしまった。
やはりさっさと捨てておけば良かった、と遅過ぎる後悔をしていた時。
「勿論、唇ではなくて、触れても構わない場所に・・・ですよ」
いつもの何を考えているのか分からない笑顔で、そう付け加えられ、咄嗟に唇を軽く噛んだ。
・・・からかわれたのだろうか。
いや、そうでなければ、何だと言うのか。
「ここは、好きな人としか・・・しないんですよね?」
ゆっくり、頬に添えた彼の手の親指が、私の唇をなぞって。
まるで私から懇願するよう、試されているように感じた。
「それなら、構わない・・・で」
別にそれが唇だろうと関係ない。
どこだって同じだ。
頬だって、同じ皮膚の延長だ。
・・・そう言い聞かせたのも束の間。
「ッ・・・!!」
一瞬、彼から目を背けた瞬間だった。
軽いリップ音と共に、頬に柔らかい感触を受けたのは。