第8章 ハートの無いトランプ
今は集中しなければ。
FBIの大柄な彼には悪いが、このまま私を怪しんで警戒してくれていた方がやりやすい。
あとはなるべく、バーボンの希望とは反して口を開かない方が良いか。
「ええ・・・彼女にはストーカーの調査と共に、身辺警護も頼まれていましたので」
そう言えば、とここ数日のことを、ふと思い出して。
・・・だから最近会わなかったのか。
彼にしてはコンタクトが少ないと思っていたけど。
その分、こちらも動きやすい期間ではあったが。
「いつものように、近道の公園を通って帰宅するのを見届けようと思っていたんですが、まさか階段から転がり落ちてくるとは・・・」
そういう事なら、ここに来る車内である程度話しておいてほしかった。
話せば私がついて来ない可能性も考えて、黙っていたのかもしれないけど。
「た、確か通報では、誰かが突き落としたと言っていたはず・・・」
「見たのかね!?犯人を!?」
ここまで軽く話を聞いているだけではあるが・・・この状況は仕組まれたと考えた方が自然だ。
どこまでが作戦で、どこまでが偶然なのかは、まだ定かではないけれど。
「ええ、見ましたよ。階段に佇んで渋谷さんを見下ろしている、犯人のシルエットはね」
淡々と話を進める彼は、安室透としても場馴れしているように見えた。
振る舞いはどこかバーボンを滲ませているけれど、あの時よりも物腰は少しだけ柔らかに感じる。
「残念ながら、見たのは車の中からでしたし、すぐに走り去ってしまったので、顔まではちょっと・・・」
「シルエットだけか・・・」
人あたりの良さのアピールの為か、はたまた何か意図があるのか。
知りたいとは思わないけれど。
何故安室透として私の目の前に現れたのかは、知っておきたいと思ってはいる。
「その後、階段の上の方から車の発進音が聞こえてきたので、恐らく気絶した彼女を車に乗せ、公園内の階段のそばにある駐車スペースまで運び、人目が無いのを確認して、突き落としたってところでしょうか」
・・・相変わらずよく喋る。
それはまるで、私に説明しているようにも聞こえた。