第8章 ハートの無いトランプ
迷いと言うより、答えの無いそれにどう対処しようかと考えていると。
「!」
突然彼の胸ポケットからバイブ音が聞こえてきて。
主張を続けるその存在をどこか億劫そうに確認し、誰からなのかを把握してようやく席を立った。
「すみません、少し電話に出てきます」
「はい・・・」
助かった。
誰からか知らないが、正直な所そう思ってしまった。
この話は有耶無耶にできそうだ。
できなくても、逃げ切ってみせる。
・・・そもそも答えなど出るはずもないのだから。
ようやくゆっくりと紅茶に口をつけると、体の内側だけは落ち着きを見せたように感じた。
安室透と一緒だという事実がなければ十分に楽しめる場所なのに、と溜め息を吐き出しながら、大きな窓から見える外の景色を眺めた。
「ひなたさん」
それから数分後、彼は走らないながらも少し忙しない様子で戻ってきて。
「すみませんが、ちょっと用事ができてしまいまして」
彼の様子から何となくだが、そうではないかと察していた。
「そうですか・・・残念です」
運はこちらに向いているようだ。
いや、ある意味では不運なのだけど。
今の私にとっては幸運だった。
「では、私は電車で帰りますね」
上辺だけは言葉通り残念そうに。
でも今の笑顔はあながち嘘でもない表情で。
ある種の喜びを抑えつつ、足早に去ろうと紅茶のカップに手を伸ばした時。
その手に彼の手がそっと重なって。
「なので、もしよろしければ、ついてきて頂けませんか?」
絶望とも言える言葉を、眩しい笑顔と共に振りかけられた。
「わ、私がですか?」
「ええ、勿論」
あまりに受け入れ難い言葉に、思わず分かりきった質問をしてしまった。
何故、彼の用事に私が。
・・・なんて、考える意味は無い。
雰囲気から分かってしまう。
彼が今から私に、何か仕掛けてくることが。