第8章 ハートの無いトランプ
「じゃあ、また」
「うん、ありがとう」
あれから数十分。
適当に車を走らせた後、本当に阿笠博士の家へとやってきた。
彼が目的地を告げた時、あの言葉は嘘ではなかったんだなと少し目を丸くしてしまった程、言葉を信じてはいなかったようで。
彼を送り届けると、窓を開けて手を振り、彼に別れの挨拶をして。
車を元の位置に戻すべく発車仕掛けた時だった。
「如月さん」
「ん?」
彼に呼び止められ、緩めかけたブレーキを再び踏み直した。
何か言い忘れた?と小首を傾げ目で尋ねてみると、彼は口元に手を添え、私の耳を近付けるように合図をした。
要望通りに窓から身を乗り出すと、コナンくんの口元が近付いて。
「気を付けてね」
小さいけれど、力強い声で。
私にそう注意を促した。
「うん・・・?」
確かに注意不足ではあるけど。
改めて言われる程、私は頼りない存在だっただろうか。
でも彼の目が・・・そんなことを言っているようには見えなくて。
何かこれから起こるとんでもない事に対し、言っているように思えた。
「じゃあ、おやすみ!」
「・・・おやすみ」
そのとんでもないことを彼は知っていて。
私は・・・知らなくて。
そんな事があるだろうかと、阿笠博士の家へと向かうコナンくんの背中を見ながら、虚しくなった。
「・・・・・・」
・・・ふと、隣の工藤邸に目が向いて。
部屋に電気はついておらず、人の気配もしない。
昴さんなら、そのくらいの気配を消すことはできそうだが。
今の私に用はないと、突き放されているようにも思えてきて。
無意味に悲観的になるのは良くないと分かっているが、今だけはそうならざるを得なかった。
ー
それから数日後。
赤井さんに連絡を入れてから、何も変わりない日が続いていた。
・・・今日までは。
今日はポアロの仕事も休み、FBIからの連絡もない。
それを知ってか知らずか、昨夜部屋の前で誘いを受けた。
「では、行きましょうか」
「・・・はい」
バーボンから、デートの誘いを。