第7章 偶然は必然を嫌ってる
「な、にが・・・ですか・・・?」
思わずしどろもどろになりながら、否定の理由を尋ねると。
「呼び方です」
彼は一言、そう答えた。
「呼び方・・・ですか?」
その瞬間、心臓は大きくドクンと脈打った。
まさか・・・安室透ではなく、バーボンと呼べと言っているのだろうかと思って。
「覚えていませんか?」
だとしても、ここまで動揺を見せてはいけないのに。
覚えていないかという質問に、口から心臓が飛び出してしまいそうだった。
「昨日の夜のこと」
・・・倉庫でのことを言っているのだろうか。
察しているのだろう、気付いているのだろう、と問いたいのか?
だとすれば、彼が先に私のことをウェルシュと呼べば良いのに、なんて開き直りはじめていた時。
「下の名前で呼んでくれたじゃないですか」
私の想像とは少し角度の違う答えを出された。
混乱し始めていた脳は、その答えを整理するのだけで精一杯で。
昨夜、下の名前、安室透。
「・・・!」
断片的にある記憶を何とか繋ぎ合わせていくと、ようやく私の中でも答えを導き出すことができた。
寝落ちしてしまったせいで記憶が曖昧で夢だった様ではあるが、嫌な記憶というもの程、残りやすいようで。
彼を透さんと呼んだ、あの記憶が。
「お、覚えて・・・ます」
でもどこか安心もした。
まだその時が来ていなかった、と。
「では、そのように」
ただ、安心ばかりもしていられない。
勘違いだったとはいえ、彼を下の名前で呼ぶというミッションは残っている。
「・・・っ」
何故だろう。
昴さんの時は無意識で、少なからず抵抗はあったが、呼ぶことは比較的容易だった。
けれど・・・目の前の彼相手には、何か大きな抵抗があった。
「ひなたさん」
硬直しきる私へ、催促するようにも煽るようにも聞こえる声色で、名前を呼んだ。
「と・・・」
薄らだが記憶はある。
昨夜、彼の名前を呼んだ時。
私はその時の彼の声を聞いた。
優しいけれど、どこか切ない。
彼がそれを私に頼んだはずなのに。
まるで、その名前で呼ばれることを・・・望んでいないようにも、聞こえて。