第6章 ファーストコンタクト
一瞬不服そうな雰囲気を見せた安室さんだったが、すぐにいつもの彼へと戻ると、女子高生の群れへと向かった。
あの切り替えの速さは見習いたいものだ、と背中を見つめながら、ふと数年前のことを思い出した。
「何か、ありましたか」
結局、安室さんの手に一度渡ったカップは私の元へと返ってきて。
コーヒーの準備をする為に作業台へそれを置いた瞬間。
沖矢さんは依然として笑顔を崩さないまま、声色と声量を僅かに潜め、私にざっくりとした質問をしてきた。
「・・・いえ」
安室さんにも、同じ言葉で問われたばかりだ。
やはり彼らには時々、こういう似たものを感じる。
そんな事を思いながら一瞬沖矢さんへと視線を向けた後、カップへと視線を戻し準備を進めていると、その手に彼の手が徐ろに重ねられた。
瞬間、呼吸と同時に時も止まったように思えた。
戸惑い、という感情が大きかったのだとは思う。
けれどそれ以上に、やはり胸のざわつきがあった。
覚えがあるような手の感覚に、体と脳が勝手に反応しただけだとは思う。
けれどその少しの反応が、妙に全てを狂わせた。
「半ば強制している我々が言えることではありませんが、無理はしないでください」
・・・本当だ。
どの口が言うのだろうか。
そう言葉は出かかったのに。
「貴女が彼にどう返事をするのか、こちらが決めることはありません」
重ねられた手が。
彼の私を見つめる瞳が。
「貴女が決めて、貴女が思う方法を選んでください」
妙に、暖かくて。
一度決心させたことを揺るがせる彼にイラついているはずなのに。
何も言葉が出てこなかった。
「・・・・・・」
赤井さんにも・・・似たような言葉を掛けられたばかりだからだろうか。
視線も、手も。
何も動かせなかった。
「・・・選択肢なんて、最初から無かったようなものじゃないですか」
確かに、最初から自分自身で決めろとは言われていたけど。
でもその選択肢は、何をどうするか、というものではなく、やるかやらないかだったから。