第6章 ファーストコンタクト
「すみません・・・今、戻りますね」
ほんの数分、席を外していただけだと思うが。
電話を切ってからの時間経過に、何の実感も無い。
自分では数分だったように思うが、実際はそうではなかったのではないかと思う程、自信は無かった。
誤魔化すように彼の傍を通り過ぎようとした時、私の行く手は、瞬時に壁につかれた彼の腕によって阻まれた。
いつの間にか、店内へと続く扉も閉められていて。
こうして彼にはいつも、同じように退路を絶たれている気がする。
「何があったんですか?」
ここなら。
ポアロでなら、何もして来ないと思っていた。
これもまた、自信なんてものはないが。
「・・・何もありませ」
「その顔で、ホールに戻すことはできませんね」
聞いてくる割に、私の答えを待たずして言葉を被せてくる。
最初から私がそう答えると分かっていたかのように。
「何が、あったんですか」
言葉を重ねる彼に目を向けられないまま、平静を装った。
目を背けている時点で、平静と言えるのかは些か疑問だが。
悟られても困ることは何も無い。
赤井さんから、ただ任務続行を告げられただけだ。
言い聞かせるように言葉を心の中で繰り返すが、自分が今どんな表情をしているのか、察することはできなくて。
「安室さんには関係ないですよ」
なんだか・・・体の中がゾワゾワする。
落ち着かないというのか、モヤモヤとも言うのか。
とにかく、気持ちがスッキリとしなくて。
「あります」
力強く言い切る彼の言葉だったが、今の私には殆ど届いて来ない。
「共に働く者同士なんですから」
「・・・・・・」
単純に言葉を受け取れば、ポアロでの・・・ということになるのだろうけど。
何か含んでいそうなそれに心が更にザワつくのは、反応し過ぎなのだろうか。
「・・・ちょっと、寝不足なだけですよ」
情けなく笑ってみせたけど。
こうも分からなくなるものか。
自分の表情も、感情も。
「だから本当に何もありま・・・」
「ひなたさん」
落ち着かないこの場を、早く立ち去りたくて会話を打ち切ろうとしたけれど。
彼が一段と強い呼び方で、私をそこに引き止めた。