第6章 ファーストコンタクト
「違いませんよ」
それ以上、何も言わせないとでも言うように。
酷く敏感な唇は、彼の指の体温を感じ取った。
「呼んだことに、間違いはありません」
・・・そう言われると、何も反論ができなかった。
確かに彼の言う通り、それ自体には間違いがなかったから。
けれど私が言った違うとは・・・。
・・・という反論は、彼の指に阻止されたとも、気力が無くなってしまったとも言える感情に、ゆっくり消されてしまった。
「彼の前でも呼んでみてはいかがですか。かなりの動揺が誘えると思いますよ」
名前一つでそんな簡単に動揺が誘えるとは思えない。
経験が無ければ、そう思っていたかもしれないが。
私自身、あの人に初めて名前を呼んでもらった時には、酷く動揺した。
いや・・・動揺した、というのが正しいのかは分からないが。
心を乱した記憶はある。
それはバーボンにも同じことが言えるかと言われれば、少し疑問な所ではあるが。
可能性はほぼゼロに近いだろうと、その時は思っていた。
ー
その日は、午後からポアロでの仕事だった。
15時までは梓さんとマスターが。
そこからは、入れ替わる形で私と安室さんが入った。
「じゃあ、お願いします!」
「はい、分かりました」
・・・本当は、マスターと二人のはずだったのに。
裏で根回ししたのではないかと思う程、タイミング悪くマスターに用事が入り、急遽彼が入ることになってしまった。
「・・・・・・」
梓さんとマスターが店を後にし、お客さんもいない店内で2人きりになって。
昨日の今日で、流石に空気が重い。
私から全てを聞き出したいという、彼の気が強く感じられた。
「・・・昨日は、帰ってこられませんでしたね?」
どちらが沈黙を破るか。
考える間もなく、先にそうしたのはバーボンの方だった。