第5章 笑顔と泣顔が行着く先※
「・・・ッ」
・・・こういう時、絶対にやってはいけない事があることだけは分かっている。
それはいくつかあるが、その内の1つを既にやってしまった上、中でも一番やってはいけない事を今してしまった。
1つは、相手を拒絶することだ。
ハニートラップにおいて、拒絶なんて以ての外。
そして、一番やってはいけないのが。
相手から、目を離すことで。
「不快だと感じたら、素直に仰ってください」
そう言って、彼は服の上から胸の膨らみを優しく触れだした。
その間も私の瞼は固く閉じたまま、開くことはできなくて。
きっと沖矢さんもそれについては気付いている上、分かっているはずだ。
けど、敢えて私にそれを注意せず続けているのは、私に目を開けるという簡単な事ができると、思っていないからだろう。
「・・・っ・・・」
触れ方も、妙に優しい。
服の上からというのもあって、まだ気持ち良さよりも恐怖に近いものの方が勝っていた。
・・・けど、それだけじゃない。
「沖矢さ・・・っ」
・・・なんだろう、この感覚は。
懐かしさに似た、不思議な感覚。
匂い・・・声・・・、いや、言葉・・・?
全てを過去の出来事と脳内で照らし合わせていくが、自分の中で合致するものがなくて。
そんなむず痒さが胸の中でざわつきとなり、私の中で落ち着きを無くした。
そのせいか、無意識に彼の名前を呼んで、感情を吐き出そうとした。
「名前を呼ぶのは効果的だと思いますが、ファーストネームの方が尚良いでしょうね」
・・・何の意味があって。
そう言いたかったけど。
「試しに、どうぞ」
そうすれば、少しはこのよく分からないむず痒い感情が、落ち着くような気がして。
「す、ばる・・・さん・・・」
赤井さんですら、名前を呼んだことをないのに。
薄ら瞼を開きながら、絞るように声を出した。