第5章 笑顔と泣顔が行着く先※
「彼はコーヒーの方が好きなようですがね」
彼・・・?
沖矢さんの言う彼、とは。
「・・・それは、赤井さんの話ですか」
私の中で、コーヒーが好きな人と言うのは彼以外思い浮かばなくて。
不可解な彼の言葉に、顔だけ振り向かせつつ首を傾げると、沖矢さんも私の顔を覗き込むように首を傾けた。
「おや、誰のことだと?」
「・・・・・・」
私がおかしいのだろうか。
何故、今、赤井さんが話題に出てくるのか。
出すとすればバーボンだと思うが。
・・・という言葉は、面倒くささから飲み込んでしまった。
そうこうしている内に、彼の手が私の肩から離れ、数秒静かな時が流れた。
「・・・ひなたさん」
その沈黙の中、彼が徐ろに私の名前を呼ぶから。
また何かくだらない事でも言うのか、と。
「何で、す・・・」
少し面倒混じりの声で返事をしながら振り向けば。
「・・・か・・・」
珍しく、笑顔の無い彼の姿が目に映って。
思わず、語尾を弱めていってしまった。
「沖矢・・・さん?」
戸惑い。
真っ先に襲った感情は、それだった。
彼に笑顔が無いというだけで、こんなにも不安と言うのか、恐怖というのか、胸がざわつく感情が生まれるのか。
「!」
その表情から何故か目が離せずにいると、突然彼の手は私の顔へと近付いてきて。
指先をそっと、唇に触れさせた。
「ここは・・・奪われてはいけませんよ?」
そして、至って真面目な目付きで、私にそう言った。
・・・それは、本当に好きな人へ捧げろという、赤井さんの言葉を知っての事だろうか。
だと、すると。
安室透のことは、本当に好きになるな・・・という意味だろうか?