第5章 笑顔と泣顔が行着く先※
「それは困りますね」
言葉と表情が一致しない。
彼の余裕な態度が、私の中の焦りを呼んでくる。
呼吸さえも震えそうな中、彼の指が私の頬を撫でた瞬間。
全身の筋肉が強ばり、背中に冷や汗が伝う感覚を覚えた。
「では、そろそろハッキリ返事をください」
もう、目を見ることすらできない。
情けないとは思うが、それ程この男は敵にしたくない人だ。
・・・でも。
「僕と・・・お付き合いして頂けませんか」
「・・・っ」
こういう形で、近くにいたいとは思えない。
そもそも分からないのは、彼がバーボンとして近付いているのなら・・・ハニートラップなんて面倒なことを、しなくても良いのではないかということで。
「あ、あと・・・」
震えそうな声を抑え込み、彼の体を押して距離を取ると、俯きながら口を動かした。
「あと、1週間・・・待ってください・・・」
こんな温いやり方、赤井さんが知ったらなんと思うだろうか。
「・・・1週間ですね」
押し避けた彼の体は、自ら一歩下がって私の手から体を離して。
それでも私は顔を上げることができず、薄暗いポアロの床へと視線を落としていた。
「分かりました、お待ちします」
これは、自分の為でもあった。
覚悟は決めた。
けど、準備がまだだ。
本当は1週間では足りないと思っているけれど。
それ以上、悠長にしている時間もない。
「1週間後、僕の部屋に来てください」
1週間後、私が彼にする返事は決まっている。
「美味しい紅茶を入れてお待ちしてます」
私はただ、準備を・・・するだけだ。
ーーー
「野良猫かと思いましたよ」
「・・・ちょっと、トラブルがありまして」
どうにかポアロで分かれたが、何度も尾行がないか確認をする為に時間が掛かってしまった。
結局、裏側から侵入する形で工藤邸に入ることになってしまい、そこで彼と鉢合わせた。
「楽しめましたか?」
「・・・・・・」
そんな事ないのは百も承知だろうに。
つくづく、嫌味な人だ。