第5章 笑顔と泣顔が行着く先※
話は数日前に遡る。
「ほう?バーボンとデートですか」
「変な言い方しないでください」
安室さんから誘いがあった、その日の夜。
私は工藤邸に来て、彼にその事を共有していた。
「今週末、出掛けることになっています」
「2人ですか?」
それは私も尋ねたけれど。
「分かりません」
バーボンには、全て秘密だと言われてしまった。
2人で出掛けても、その先には組織の人間がいるかもしれない。
何なら、出掛けるというのも元々無い話かもしれない。
だからこうして、沖矢さんに話をしたのだけど。
「楽しめると良いですね」
「・・・・・・」
これはわざと言っているのだろうか。
わざわざ、協力してくれと口にしなければならないのか。
「とりあえず、これはお返しします」
完全に沖矢さんのペースに巻き込まれたまま小さくため息を零すと、今朝ポアロで渡された紙袋をとりあえず突き返した。
「おや、似合うと思ったんですけどね」
いつ準備したのか。
色々言いたいことはあったが、今はとにかく彼の協力を・・・いや、利用することを考えなくては。
「沖矢さん」
私の呼びかけに、彼は笑顔だけで返事をして。
それを逆に睨んで返しながら、スマホを操作した。
数秒後、彼の胸ポケットに仕舞われていたスマホがバイブ音で着信を告げて。
彼は画面を確認すると、もう一度私に笑みを向けながら、掛かってきた電話に出た。
「ようやく、教えてくれましたね」
私のスマホからも、彼の声が同じように聞こえてきて。
これで、ずっと渋っていた番号の交換をしてしまったことになる。
できれば、したくはなかったけれど。
「大丈夫ですよ。何かあればすぐに駆けつけますから」
電話を切ると、彼は最初から話は分かっていたとでも言うような態度で、そう言ってきて。
僅かに湧き上がる怒りを何とか抑えつつ、どうにか保険は掛けられたことに、今は安堵した。