第5章 笑顔と泣顔が行着く先※
「!!」
答えを出せずに口ごもっていると、彼の顔は更に近付いてきて。
それが服の方へと向けられていると気付けば、一気に嫌な予感がした。
「いつもの、ひなたさんの匂いではないですね」
・・・昔から、この男は鼻がきく。
特に血の匂いには敏感だったが。
女性の扱いが多いせいか、香水などの匂いにも直ぐに反応する。
だからそれは、嫌な予感となっていたのだけど。
「・・・煙草」
「・・・?」
次に彼から聞こえてきたのは、身に覚えの無い言葉で。
「微かに、煙草の匂いがします」
「え・・・?」
煙草・・・私は吸っていない。
それは、沖矢さんもだ。
そもそも、沖矢さんは煙草を吸っているところを見たことがない。
部屋も、特には気にならなかった。
バーボンによるブラフかとも思ったが、意図が分からない。
無意識に、自分の着ていた服の匂いを嗅ぐために、腕の辺りを鼻に近付けた。
「・・・その反応では、相手が煙草を吸っているのを見たことがない・・・といった所でしょうか?」
「!」
・・・しまった。
動揺していたせいで、判断が鈍っていた。
ホテルに泊まって、そこのクリーニングを使用したとでも言えば良かったのに。
煙草の匂いも、彼のブラフだとしても、喫煙部屋だったと言っておけば問題なかった。
早く、反論しなかったから。
私が服の匂いを嗅いだことで、相手のいる外泊だとバレてしまった。
「・・・・・・」
・・・沖矢さんとしては、今この状況が望ましいのだろうけど。
やはりそうは思えない。
ジッと私を見つめる彼の瞳が・・・息苦しさを加速させた。
「昨日も・・・あの男と一緒に?」
表情としては、笑顔と言うべきものなのだろうが。
笑っているとは思えない目をしている。
もうこの際、答えに迷いを出す必要はないのに。
私は何故、何に迷っているのだろう。