第5章 笑顔と泣顔が行着く先※
「おはようございます・・・」
とりあえず、挨拶に返事はできた。
今はそれだけで、自分によくやったと言ってやりたい。
それ程までに、動揺してしまっていた。
「安室さん、今日はお休みじゃ・・・」
「梓さんに変わって頂きました」
そう聞かれると分かっていたかのように。
私の質問が終わるか否かのタイミングで、彼はそう答えた。
「・・・!」
かと思えば、いきなり私の腕を掴むと、強くそれを引いてバックヤードの方へと連れて行かれた。
「ッ・・・!」
何を聞かれるのか。
もう何となく察しはついていたけれど。
何と答えれば良いかまでは、分かっていなくて。
連れて行かれたバックヤードの壁に私を追いやると、彼はグッと私に顔を近づけた。
「昨日のことを、ひなたさんに尋ねたくて」
ああ、やはりか。
そう納得する中、もう一つ確認できた事があった。
「・・・っ」
・・・怖い。
沖矢さんには感じる事がなかった恐怖が、やはりこの男にはある。
それはこの男が味方ではなく、バーボンだから・・・ということなのだろうか。
そう、何かを追求するように考えていないと、見えない感情に押しつぶされそうになっていた。
「・・・おや」
何を聞かれるのか身構えていると、顔を近づけていた彼は何に気付いたように、視線を下の方へと向けた。
「?」
何か落ちていただろうか、と視線を辿るように私も同じようにしてみたけれど。
「その服・・・昨日と同じでは?」
「・・・!」
そこから視線を上げることが、できなくなってしまった。
やはり一度帰って、着替えておくべきだった。
沖矢さんはこのまま会えば良いと言っていたけど。
いざそれをした時の彼を目の前にし、醸し出す空気を肌で感じれば、先に後悔の方が襲ってきた。
「どちらかにお泊まりでしたか?」
「・・・えっと」
正直に言って良いのか。
沖矢さんの言葉通り・・・彼を使うのが正解なのか。
その一か八かの勝負に挑む勇気が、中々決まらなかった。