第5章 笑顔と泣顔が行着く先※
「・・・ごちそうさまです」
必要な事は昨日話したはずだ。
彼とはこれ以上、距離を詰める必要も無いだろう。
そう思い、一度帰宅しようとキッチンを離れかけた時。
「おや、もう少し時間はあるようですよ?」
素早く皿洗いを終えた彼が、引き止めるようにそう言ってきて。
時間があっても別にゆっくりしようとは思わないが、と小さく振り返り、僅かに息を吐いた。
「・・・一度、帰って服を着替えないといけませんから」
服を貸してくれたついでに、着ていた服は彼が洗濯してくれたようだけど。
「彼に会うなら、昨日の服のままで匂わせておくのも、十分効果的だと思いますけどね」
バーボン相手にそんな姑息な手は使いたくない上に、私は効果的だとは思えないが。
それに、今日は安室透は休みの日だ。
・・・で、あれば、わざわざ時間を掛けて家まで戻る必要もないか、とも思い始めてきて。
「まずはバーボンの冷静さを失わせてください。それを誘うには、僕を使うことが一番効果的だと思いますよ」
「・・・・・・」
よくそれを自分で言えるな・・・と、彼の自信が羨ましくも感じられて。
とりあえずポアロに向かう時間になるまでは、以前疎かになった工藤邸の内見を、じっくりする事にして。
結局、特に収穫らしい収穫はないまま、私は沖矢さんに見送られながらポアロへと向かった。
ー
ポアロに着き、一人で開店準備を始める中、考えるのは赤井さんのことばかりだった。
ここに向かう途中、赤井さんには何度か電話を掛けてみたけれど。
一度のコールも無く、それらは全て切れてしまった。
メールに返信もない。
・・・沖矢昴と連絡は取っているようなのに、と眉間にシワが寄ってしまって。
「・・・!」
こんな険しい表情で接客なんてダメだ、と軽く首を振って気持ちを切り替えていると、CLOSEの札が掛かるドアがベルを鳴らしながら徐ろに開かれて。
出勤予定の梓さんはまだ時間ではないはずだけど、とドアの方に振り向けば。
「おはようございます」
「・・・っ!」
何故かそこには、今日来るはずのない安室透が、涼しい顔をして立っていた。