第4章 どっちつかずの涙の雨
「バーボンに見つからないように進んでいたのでは?」
「・・・・・・」
返す言葉がない。
自分の身は自分で、なんて言っておきながらこの始末だ。
マジシャンに気を取られて油断していた、なんて言い訳も、とてもじゃないが言えない。
バーボンが何もしてこなかったのは、今回の目的がシェリーだったからだろうけど。
そうでなければ今頃、どうなっていたかも分からない。
結果として幸いだっただけで、決して良かったと言えるものではなかった。
「・・・でも、沖矢さんのことは言ってませんので安心し・・・」
「そういう事は心配していません」
私の言葉を聞くより先に、彼はいつの間にか間合いを詰めていて。
私の座る座席に片膝を置き、壁に手を付く彼を目の前に、僅かに呼吸を止めた。
「どこか、触れられましたか?」
・・・バーボンと同じことを聞かれた。
でも今は、明らかに状況が違う。
今の沖矢さんは・・・盗聴器の心配をしているのだろうか。
それなら部屋に入る前に、何度も確認しているが。
そう返事をする為に口を開きかけたけれど。
「2日前のように」
「!」
言葉も、意味も。
バーボンに言われた事と同じだったと、ようやく気付いたのは、彼が付け足した、その言葉を聞いてからだった。
「ど、して・・・」
2日前というと。
沖矢さんに、このミステリートレインの話を聞いた日だ。
けれど、その後。
安室透・・・か、バーボンか。
どちらだったのか些か不明だが、彼に過度なスキンシップを取られた日でもある。
けれど、彼が何故それを知っているのか。
まさか部屋にカメラでも仕掛けているのか、と睨み視線で尋ねたけれど。
「おや、やはり2日前には何かあったんですね?」
明確な答えが返ってくるどころか、恍けるようにそう言った彼に、睨みが強くなるだけで。
・・・これはブラフだろうか。
何かあった上で、わざわざ私の口から吐かせようとしているのか?
けど残念ながら、彼が望んだような答えは生憎持ち合わせていない。
「何も・・・ありません」
・・・そう、何も無かった。
それは良くも悪くも、だ。
あの日は何も、無かった。