第4章 どっちつかずの涙の雨
とりあえず、今はこれを沖矢さんに報告だ。
そう思ってスマホを手にしかけた時。
背後から足音が近付く気配がして。
咄嗟に身構えつつも、急いで振り返るようなことはせず、帽子を被り直すと体を反転して、その場を去ろうとした。
「すみません、お客様」
注意を払いつつ、目を合わせないようにしていたけれど。
足音の主だった車掌は、すれ違いざま私に声を掛けた。
・・・敵意は感じられないが、本物の車掌とは限らない。
警戒は怠らないまま、車掌の方へと体を向けた。
「はい」
それとなく。
笑顔は浮かべたまま、当たり障りのない態度で返事をすると、車掌は徐ろに右手を軽く握るような形で私に見せた。
「・・・?」
何なのか、と戸惑っていると、車掌の手首が軽く捻られて。
その瞬間、小さな紙吹雪と共に一輪の薔薇がそこに現れた。
「綺麗な女性には、これを」
そう言って、車掌は出てきた薔薇を私に差し出してきたけれど、大きな戸惑いのせいで思わず固まってしまった。
何て調子の良い車掌なのだろうか。
これもミステリートレインの名物か何かなのか。
・・・普通に乗車しているだけなら、そう思えたのかもしれないが。
残念ながら今この列車は、普通ではない。
「・・・どうも」
差し出された薔薇は受け取らず、距離を取るように後ずさった。
・・・何か噴射されては、たまったものじゃない。
多少引きつってはいるかもしれないが、笑顔は保ったまま、適当に返事をした。
「警戒せずとも、貴女の敵ではありませんよ」
それが伝わったのか、行き場のなくなった薔薇が車掌の胸ポケットへと収められながら、そう言われた。
けれど、怪しい車掌の言葉を鵜呑みにできる程、簡単な状況ではない。
少なくとも、一般人ではないことは確かだ。
貼り付けていた笑顔を消し、車掌に鋭い視線を向けた瞬間。
「名探偵から話は聞いています」
「・・・!」
その言葉に、不覚にも小さく反応してしまった。
沖矢さんや組織の人間ではなく・・・恐らく、コナンくんを指す言葉だったから。