第5章 アツい夏は青い春に決まってる
『高専の近くだからかな?』
「ん?何が?」
『いや、高専の外なのに呪霊が居なかったからさ。』
「そうかもしれないね。」
高専の外へ出るのがほんの少しだけ怖かったが、それは杞憂に終わった。コンビニまでの距離はそれほど遠くはないけれども、結界の外へ出るということには変わりがない。
とどのつまり、いつ呪霊と居合わせても不思議ではないということ。しかし今回は運良く呪霊と鉢合わせることはなく、昼間の二の舞を演じずに済んだのだ。
「花子は運が良いんだね。」
そう優しそうに笑う傑は、月明かりに照らされて少し艶やかに見えた。そして再び木の生い茂る長い道をしっかり手を繋いだまま歩き進める。
先程キスをしたその場所を通り過ぎる時には、記憶に真新しいあのキスを思い出してしまい顔の中心に熱が集まった。幸いバレることはなく、他愛もない話をながら寮へと戻った。
いつもは長いその道のりを、これ程まで短く感じたのは初めてだった。
「・・・嫌な予感がする。」
『え?なに?』
傑の部屋の前に立つと、ニコニコしていた傑の顔つきはみるみるうちに変わり、仕舞いには大きなため息を零していた。何のことだかさっぱり分からず、部屋の扉に手をかける。
そうして、傑の言っていた“嫌な予感”を目の当たりにした。
『あっ!2人ともいないっ!!』
「あの悟がこんなに静かにしていられるはずがないのに、やけに静かだなと思ったんだ。」
『確かに。』
「硝子までいないとは思わなかったけどね。」
部屋も散らかったまんまだ、なんて傑は再び大きなため息を吐いた。
「もう遅いし、今日はお開きにしよう。花子も部屋でゆっくり休みな?」
『あ、私も片付け手伝うよ。一人より二人の、』
“方がいいでしょ?”
そう言うはずだった言葉は、傑の大きな声で一瞬にしてかき消されてしまう。彼は部屋には入るな、と半ば怒鳴り気味に言葉を被せてきたのだ。
怒っているような声とその顔を見て、初めて傑のことが怖いと思い、微かに足が震えた。
「一応、私も思春期真盛りの健全な高校男児だからね。」
『・・・っ、』
“ 思春期真盛りの健全な高校男児”の真の意味を理解した私は、あいさつもそこそこに足早に自室へと戻った。