第5章 アツい夏は青い春に決まってる
『・・・っるさい、』
北海道での修行を終え、空港に着くとすぐに自分の呪力の変化に気付いた。行き交う人の中にいる数人の取り憑かれた呪いから声が聞こえるのだ。それはそれはもうはっきりと。ただ歩いてすれ違うだけで、何を言っているかまでしっかり分かるのだ。
そう、本当にあの秘密の部屋に入っていただけなのに、私の呪力は格段に上がっていたのだ。
深く深く呼吸をして呪力をコントロールする。
聞こえてくるのは全て呪いの声で、人間の心の中の声が聞こえていたんじゃないと分かれば心底安堵した。
しかしこれでは、今後人の多いところへ行くのはなかなかに困難になりうなことは容易く想像できた。そしてほんの少しだけ六眼を持つ五条の大変さを分かった気がした。
ただ、どうしたものか。
脳内に直接再生されているかのような、様々な負の言葉たちをかき消す方法など習っていない。段々に頭痛がするのは呪力を消費しているからなのか、はたまた呪いの声の波長がそうさせるのかも分からず、どうするのが良いのか、考えているうちに東京に帰ってきていた。
当たり前だが北海道よりも東京のが人が多く、その数に比例するように呪いの数も多くなる。脳内に響く声も増える。増えているはずなのに、どこにいる呪いが何を言っているのか、全て分かってしまう自分自身がおぞましく感じた。
『・・・はぁっ・・・はぁっ・・・っ、』
大丈夫、落ち着け。
上手く呼吸が出来なくなりそうになる自分を鼓舞する。外に出て松野さんの車に乗り込もう、そう思ったときだった。
「・・・花子。」
『傑っ・・・っ、』
「お疲れさま・・・って、どうした?人酔いか?顔色が悪いよ?」
人混みをかき分けた先で、居るはずのない傑がそこに立っていて、すぐに私の異変に気付いた恋人は私の身体を抱き留めるように支える。
『ちょっとね・・っ頭が痛いんだよねっ。』
「少しって顔じゃないよ?・・・あ、ちょっと待ってて。」
近くのベンチに私を座らせると傑はいそいそとどこかのお店へと入っていた。その間何度も深呼吸をして、どうにかこうにか傑が来るまでやり過ごしていた。
「お待たせ。これでどうかな?」
戻ってきた傑が私に手を伸ばし、黒いヘッドホンをして耳を覆う。先程までとは変わり、脳内は一気に静まりかえった。