第3章 恋に師匠なし術師に師匠あり
「あの頃、まだ階級などは存在しなかったが、今で言えば間違いなく彼女は特級クラスだったろう。」
山田さんはどこか遠くを見つめながら、話を続けた。
彼女は産まれたときから呪霊が見える身体だった。
山田家の人間は大喜びだった。彼女には上に2人の姉がいたが、なにせその2人の姉には全く呪力が存在しなかったからだ。
呪術界に身を置いているものなら分かるだろうが、山田家の思想も他の名家たちと同じようなものだった。
山田家に非ずんば呪術師に非ず
呪術師に非ずんば人に非ず
彼女が産まれてから、上2人の子供は養女へと出された。
話は逸れるが私はそれが心底嫌だった。私にはそんな愚かなことが出来ないとも思った。だから子は持たなかった。私の代で山田家の術式が途切れたとしても構わないと。ただただ子を欲しがっていた女房には申し訳ないことをしたと思っている。
「まぁ、今となってはあとの祭りじゃがな。」
そして山田さんは、仏壇に飾られた写真に優しそうに笑いかけた。昔話はまだまだ続く。
山田家に残されたその彼女は心底愛されたと思うだろうが、それは大間違いだ。山田家には、呪力を上げるための秘密の部屋がある。そこにはカゴに入れられた2級程度の蠅頭数百匹おり、同室で約半日過ごすのだ。
普通の人には叫び声にしか聞こえないソレも、私たちの術式を持っていると、きちんと言葉としてそれを捉えることができる。そうして耳を慣らすことで私たちは呪力を上げていった。例に漏れず私もそうだった。
数百匹以上の呪霊が一斉となって悲しみや怨みなどの負の言葉をひたすらに聞くだけの時間。それはもう地獄よりも地獄の時間だ。
でも逆らうことなど到底許されず、呪力が最大限に上げられるまではそんな日々を過ごしていた。そうして耐えに耐え抜いた彼女はとても強くなった。
ただ彼女は呪力だけじゃなく、もう1つの力を神から与えられていた。彼女は呪霊の声だけじゃなく、遠く離れたところで話す人間の声も聞こえていた。加えて人を目の前にするとその人が思っていることが全て脳内に流れこんで聞こえてくる、言わば超能力のような力があったのだ。