第3章 恋に師匠なし術師に師匠あり
「立派な家だな。」
「そうか?オレん家のがでけぇよ。」
そりゃ君の家とは比べ物にはならないだろうが、普通の家はこんなに大きくないぞ、と出かけた言葉を飲み込む。御三家出身である悟の普通と一般家庭出身の私の普通とでは天と地ほどの差があったことは、入学してから幾度となく直面してきたからだ。
それはさておき空港から車で揺られること1時間弱。
連れてこられた山田さんのお家はとても立派なものだった。身長の倍はゆうに越える門には数台のカメラが付いていて、インターホンを押すよりも早くに家主へ私たちの訪問を伝えているようだった。
そう確信が持てたのは、案の定インターホンを押さずともギィギィと音を立てて重たそうにその門が開いたからだ。
一面に敷かれた玉砂利の上を歩き玄関までと足を進める。古びた母屋が何埬かありその先に平屋の立派な家が本殿のようだった。
「本当に来たのか。」
私たちの歩く後方から声がし、振り返るとそこに白髪頭のはおじいちゃんが竹箒きを1本持って立っていた。玉砂利の上だと言うのに、足音どころか気配も感じ取ることが出来なかった。
「悟、気付いたか?」
「いや、全く。・・・じーさんのくせになかなかやるな。」
努めて小さな声で悟に耳打ちをする。
夜蛾先生は空港で購入したという和菓子を彼に手渡し、一礼すると立て続けにお邪魔してすみません、と謝った。その一言で夜蛾先生が昨日もここへ足を運んだことが分かった。
「ただ、こちらも彼女を手放したくはないので。」
「それは残念じゃな。まぁ話は後で。老いぼれの一人暮らしだが、どうぞ中へ。」
そう言い歳のわりに背中がしゃきっと伸びている彼は、今どき珍しく囲炉裏のある部屋へと我々を案内した。座布団を敷いたり、お茶を入れたり、全て彼が行い、必要最低限しかものがないあたり、本当に1人で暮らしているようだった。
こんなに大きい家で1人はさぞ寂しいだろうな、と思ったが、仏壇のところにある優しそうに笑うおばあちゃんの写真を見て、その言葉たちは飲み込んだ。
「早速じゃが、まずは私の話からさせてもらおうかの。数百年も昔の一人の女性の話じゃ。」
彼女は代々伝わる山田家の術式だけでなく、とても良い耳をも与えられこの世に生まれてきた。