第2章 体術体術ときどき座学
『志、か。』
硝子から手渡された缶チューハイを机に戻し、改めて考えてみるが、そんな大層な理由なんてものは存在しなかった。ただ、お母さんが言ったから。それ以下でもそれ以上でもない。
『呪われてるだけだよ。』
「は?オマエ呪われてんの?」
ちょっと頭の足りない五条は言葉のままでしか理解できておらず、すかさず横にいた傑が言葉の綾だよと補足した。
『私はお母さんの言葉に、ずっと呪われてるんだ。』
私にはお母さんしかいなかった。
兄弟もいなかったし、おじいちゃんやおばあちゃんにも会ったことはなかった。もちろんお父さんとも会ったことがない。文字通り本当にお母さんしか居なかった。
でも私が存在する以上、父という男の人が存在することはもちろん理解していた。ただ彼がどこにいて、どんな人なのか、知りたいと思ったことは一度もなかった。そもそも私にはお母さんがいるだけで十分、いや十二分に幸せだったから、興味など端からなかったのだ。
しかし、その日は突然にやってきたのだ。お母さんは聞いてもいないのにベラベラと他人(よそ)のオトコの人の話をしだしたのだ。
“「この人がね、花子のお父さんなの。」”
少し黄ばみかかったモノクロ写真を見せられ、そこに写るお父さんという肩書きの人は五条ほどではないが、なかなかに顔が整っている人だった。
“『今更いいよ。興味ない。』”
その返答を聞いたにも関わらず、お母さんの口から出てくる言葉たちはまるで堰を切ったように止まらなかった。結論から言えば、私が普通の子じゃなかったから、離婚をしたのだ。まだ1歳にもならない頃に。
“「この子は普通じゃない、呪われている。悪魔に憑りつかれている。気持ち悪い。本当にオレの子なのか?いや、違う。」”
以上がオトコが言った最後の言葉たちらしい。別に哀しくも痛くも痒くも何も感じなかった。先にも言ったが、お母さんが居たし、本当に今更だった。
それに、普通じゃない、気持ち悪いなんて言葉を浴びせられるのは、日常茶飯事だった。
幼いころは無意識のうちに呪霊と会話したり、祓っていたり。自分の力を思うようにコントロールできなかったこともあり、好奇な目で見られることは多々あった。