第42章 スルタンコラボ企画 上編 お相手:冨岡義勇
その日の夕食は
捌いた羊の内臓と肉の塩茹でで
捌いた時に出た血は
腸に詰めてソーセージにするのだ
普段ならこんな季節には食べられない
特別なご馳走に
幼い弟と妹は大喜びだった
その夜は子供は馬乳酒で
大人はアルヒで
ご馳走を囲んで宴になっていた
ある程度の酒も進んで来た頃には
弟と妹達は眠たくなったようで
さっさと奥の部屋へと引っ込んで行って
恐らくだけど 馬乳酒を
いつもより沢山飲んだから
ちょっと酔ってしまってるんだろうけど
悠斗が部屋の隅に置いていた
馬頭琴を手に取って
美しい音色をゲルの中に響かせ始めた
それに合わせる様にして
一樹も馬頭琴を手に取って
その旋律が重なる
父親は2人の息子が演奏する
馬頭琴に耳を傾けていて
「2人の馬頭琴もいいが、
物足りねぇな。…今度は、翔の番だろ?」
そう翔に言うと父が
自分の碗の中のアルヒを煽った
仕方ないと言いたげに
ため息を付きながら翔が立ち上がると
スゥ――っと息を吸って
草原の大地の恵みに感謝する歌を
馬頭琴の音色に合わせて歌い始めた
翔の紡ぐ旋律に
別の音が重なって聞こえる
ホーミーと呼ばれる
遊牧民の中でも一部にしか出来ない
特別な歌い方で
一人で歌っているのに
複数の声を操る事が出来る
ピタっと翔が歌うのを止めると
ちょいちょいとみくりに向けて
こっちに来いと手招きをする
トトッと翔の隣にみくりが駆け寄ると
スゥっと息を整えて
翔の声に自分の声を重ねる
「みくりのホーミーは
複数の音を一度に出せるが、
旋律は同じだから、それは
ホーミーじゃねぇって言う奴も
一族の中にはいるが…。まぁ
ホーミーは男のもんだって言う奴の
やっかみだろうがなぁ…」
「でも、私は、みくりの
ホーミーはひとりで歌ってるけど
3人で歌ってるみたいに
聞こえるから好きよ?」
そう菜々緒が言いながら
義父の空いた碗に新しいアルヒを注いだ
過ぎて行く
最後の夜が
更けていく
この夜が終わって明日になれば
私と小野寺はここを出て行くのだ
ずっとその日が来るのを夢見て居たのに
まだ見ぬ 未来の旦那様に
想いを馳せていたのに
どうしてだろう? 今は
この夜が…終わって欲しくないと
そう 思ってしまうのは
どうしてだろう?