第36章 聞こえない音 お相手:宇髄天元
一人手に汁粉の椀の中で
渦潮が起こる
「これ、魔法?お汁粉に
渦潮が出来てる。凄いっ」
それはただの呼吸なんだけどなと
宇髄は言いたくもなったが
キラキラと目を輝かせて
それを見てるみくりの横顔を見ていると
コイツが今まで
本当にピアノしかねぇ
人生を歩んで来たんだと知るに足りた
「飲めば?冷めるぞ」
「あ。そうでした。頂きます」
そう言って椀に口を付けて
コクリとそれを一口飲むと
「宇随さん。お汁粉…、美味しいです」
まぁまぁ 良い笑顔だな こりゃ
たかだか イチョウの木の一本で
汁粉の 一杯で
こんな 笑顔が拝めるんだからな
安いもんだわ
宇髄が境内にそびえ立つ
大イチョウの気を見上げると
「お前さ。他にねぇの」
「他に?とは…」
「だからさ。してみてぇ事とかさ。
行ってみたい場所とかねぇの?」
「海には…行ってみたいですが。
ここからだと、海は遠すぎますし。
うーん、してみたい事…それだったら。
片思いでもいいから、恋がしてみたい…
なんて、あ、すいません。私には
無理…なんです、そんな時間もないし…」
「自分が長くねぇから?」
そんな 音させておいて
そんな 顔しといて
そんな 事言っといて
「でも、誰も…私となんて…
だって、死ぬって、近い内に
死ぬって分かってる相手と、恋愛なんて。
誰も…、してくれません…から」
「だから、諦めんのか?
お前が死ぬ?死ぬのは誰だって死ぬだろう?
それが、早いか遅いかの違いだ、甘ったれんな」
とまで 言ってしまってから
しまったと思った
自分が不治の病だって
余命だって幾ばくだって奴に
言う言葉じゃなかったと
「確かに、そうです。
大魔法使いさんの、言う通りです。
誰も死ぬのは一緒でした、
私だけが死ぬわけじゃない」
「俺はお前、みたいに病気でも
なんでもねえが…いつ死ぬか
分からねぇ様な、そんな仕事をしてる。
だから、お前と一緒だ」
我ながら 苦しいなとそう思った
俺とコイツでは 境遇が違い過ぎる
だが いつ死ぬのか分からない身なのは
コイツも俺も同じだとそう思った
俺の言葉にみくりが俯いてしまって
そのまま ギュッと自分の両手を握った
「自分の病気を…、何度も恨みました。
どうして、自分だけがと、悔やみました…」