第36章 聞こえない音 お相手:宇髄天元
ガチャと部屋のドアが勢いよく開いて
慌てた様子で美咲が中に入って来る
キョロキョロと周囲を見回して
私の姿を確認すると
はぁーっと安堵の息を漏らして
張りつめていた表情が
穏やかな物へと戻った
「みくりお嬢様。お変わりは
ありませんでしたか?」
そう美咲に問いかけられて
さっきの宇髄さんの事を
美咲に話した方がいいのか
それとも話さない方が良いのかと
返答をあぐねいていると
部屋の隅に残っていた
イチョウの葉を美咲が拾い上げて
「こんな所にイチョウの葉が…、
おかしいですね。この辺りには
イチョウの木はありませんし。
このイチョウの葉はとても大きいですね。
このイチョウの葉を付ける来は
かなりの大木のはず……」
美咲は私にとって
お姉さんの様でもあり
お友達でもあり
そして お母さんの様でもあった
ずっと……傍に居てくれて
いつも笑顔で 見守ってくれていた
ピアノが上手く弾けなくて
落ち込んでいた時も
お嬢様のピアノは美咲の中で一番です と
いつもそう…励ましてくれていた
やっぱり 美咲には
本当の事を…
「あのね。美咲……私……ね、
明日、外に出かけたいの……」
出掛けるなと禁止されている
訳じゃない…
ずっと ここから 私が何度
散歩に出ようとお誘いしても
応じる事が無かったのに…?
この 小さな世界から
出たがらなかったお嬢様を
何か 変えたのか……その きっかけは…
「あの…、お嬢様。それは…
どちらに、誰と
お出かけになられるのですか?」
「お薬もちゃんと、持って行くし
ストールもして行くから。
出来るだけ早く戻って来るし…」
「美咲には、お嬢様がお決めになった事に
反対する権利ございませんよ?
でしたら、明日は…あのワンピースに
致しましょう。えんじ色のベルベットの
生地のあれに致しましょう。
まだ一度も袖をお通しになられていない
お洋服ですし、旦那様もお喜びになります」
美咲からの提案に
みくりの表情が明るくなる
御病気になられてから
この様な笑顔のお嬢様を見たのは
初めてかも知れないと
美咲がそんな事を考えながら
「どなたと…お出かけに?
マキノ様でありますか?」
ううんとみくりが首を横に振った
「大魔法使いさんと、…出掛けるの」