第36章 聞こえない音 お相手:宇髄天元
ぐっと 手首の震えを
鎮めるようにしてみくりが
右の手で左の手首を握って押さえた
止まって 震え……
お願い 弾きたいの もっと
何故だか今日は…もっと ピアノを
弾きたい気分なの…
その理由は…
何故…だか …私にも
分かっている
きっと昨日よりも 今日の方が
そして 今日よりも 明日の方が
私は… まともに ピアノを弾けなくなって行く
それが 自分でも分かってるから
だったら せめて まだたどたどしくも
弾ける今の内に…ッ
もっと…… 弾いてしまいたい
「もっと…、弾きたい……」
もっと ピアノを……弾きたい……
スッとみくりが瞼を閉じると
瞼の裏にいつかの記憶が蘇って来る
ホールを埋め尽くす観衆の気配と拍手
緊張感のある あの壇上の張りつめた空気
ここは 自分の家の 自分の部屋だけど
今 この瞬間 私は
音楽ホールの壇上に居た
満席のホールを埋め尽くす観客の視線を
全身に感じる…かの様…
ああ 懐かしいこの感じ……
手の震えがピタっと 止まった
宇髄はその頃…その洋館から
少し離れた場所に居た
だが耳を澄ませて意識を向ければ
ここからでも その音は……まだ微かに
宇髄の耳には聞き取れた
ヒュウ~♪と宇髄が口笛を吹くと
ニヤリと口の端を上げた
「ん~?こいつ……は、一体。何だ?
さっきまでの演奏と、まるで別人じゃん。
いいじゃねぇかよ、いや、悪かねぇ…。
いや、むしろ。
派手にいいじゃねぇかよ、
それも大いに派手派手で気に入った」
さっきまでの
たどたどしい子供が弾いてるかの様な
そんなピアノとは打って変わって
ソロコンサートでもする様な
一流のピアニストの演奏に変わる
さっきから10分も時間は経ってない
そんなに急激に
上手くなったりもしないだろう
だが この音の変化は
興味を惹かれるには
十分だった…
このピアノを弾いてるのは
どんな奴なのか
気になってしまって…
どうせ明日も 同じ時間に
定時報告を聞きに ここを通るんだ
その時に…
このピアノが上手いのか下手なのか
分からない
このピアノの主の
顔を……見てやろうと
宇髄は 考えていた