第16章 釘
ー穂波sideー
「…うまそやな」
ネクタリン食べる?って聞いても、
それについては何も言わなかった侑くんがそう言葉をこぼす。
『侑くんの分、あるよ?』
「…ん、今はそっちでええわ。もろてええ?」
『うん、どうぞ。 今日わたし、ネクタリンが食べたくて仕方なくて。
せっかくならビーチで食べたい!って思ってお店行ったら侑くんがいて。
そうして今、一緒にネクタリン食べてる。 嬉しいな』
「ぉん、俺も嬉しいで。 …これ食ったら、一緒に海入りたい」
『うん、はいろ♡』
それからわたしたちは、
日が暮れる一歩手前くらいまで海で遊んだ。
サーフィンも少しだけやってみて、
その後は波のない、人気のないところに移動して、
サーフボードの上にわたしが寝そべって。
侑くんがそばにいて。とか、その逆とか。
なんでもない話を落ち着いて、話した。
なんでもない話ってなんだろう、
侑くんの日常の話や、わたしの日常の話。
侑くんがここにくるまでのエピソード。
そういう、なんでもなくないけど、なんでもない、
好きな人とだから、興味がある相手だから楽しい話、みたいなの。
侑くんとの会話はつい、おふざけしちゃうことが多いから、
これも海の力かな、みたいな。
海が大好きなわたしは、そんなことも頭の片隅でぼんやりと思っていた。
「…穂波ちゃんが今、よぉわからんけどいそがしくしとるんはわかった」
そろそろ上がろっか、って海を出て荷物置いてるとこまで砂浜を進んでると、
侑くんがそんな風な切り口で話し出した。
『…?』
「ほんでもせっかく会えたで、晩めしも一緒に食いたい。 あかん?
時間ないなら、近いとこで食ってもう帰ってもろてええから…
あと1時間でも俺にくれんか?」
『………』
不安そうで、でも同時に強さも感じるというか。
そんな声。
侑くん、どうしたのかな?