第14章 蜂蜜
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『……研磨くん、あのね』
「…ん?」
『今日は素敵な夜をありがとう』
「ん」
穂波は一歩一歩砂浜の感触を確かめるみたいにゆっくりと歩く。
穂波といないと裸足で外を歩くことってなくって。
確かに心地いいものだって思う。
なんか、抜けてく感じある。
『…あのね、わたしね、研磨くんのことがすき』
数歩前に出て振り返り、おれの方を見ながら後ろ向きで歩いて、
穂波はそう言った。
暗くてあまり表情までは見えないけど…
静かに、落ち着いた声だ。
あまりほわほわはしてないみたい。
「………」
『離れている時間も充実してた。
…会える日を楽しみにして。
でもこんなに早く会えるなんて思ってなかった。
けど会えた。ありがとう』
「…ん」
『誕生日に研磨くんがいてくれるだけですごく嬉しいのに。
それだけですごく素敵な夜なのに』
「……」
『…あー、幸せ。 だいすき。 ありがとう』
それだけを言うと、ぐーっと腕を上に伸ばして、
そのまま腕を広げながらくるくるくるっと数回回ると
「…え」
ぼすん、って音がして。
穂波の影が視界から消えた。
『…あぁ、溶けてしまいそう』
「…ふ」
『わたしもう今日は語彙力崩壊しちゃうよ』
「ふは… いいよそんなの、今までもあるし」
賢いのはわかってるから全然鬱陶しくないし。
砂浜に倒れ込んで横向いて寝転がってる穂波の隣にしゃがんで、
会話を続ける。
波音で消え入りそうな、小さな声で、
2人だけの世界みたいな空間で。