第3章 くじら
ー赤葦sideー
「あの人にとって…」
他の人には向けることのない優しい目で穂波ちゃんの後ろ姿を見つめながら、
月島が何か言い始める。
「あの人にとってのevery little thingは一体何を指すのだろう」
「………」
Every little thing is gonna be alright.
さっきから穂波ちゃんが何度も口ずさんでいるフレーズだ。
「気候変動、水質汚染、環境破壊…そういった地球に関わること以外の全て?」
「………」
「そう言われてもそんな感じするけど、でも全然違う」
「………」
「今日の空の色。今日食べるもの。世界のどこかにいる知らない誰かの一日」
「………」
「あの人にとっては全て、大きなことのようにも思える」
「………」
「僕がキスをしても、距離感やその後の態度が変わらないのは、
僕とのキスを些細なこととして片付けてるからだろうか」
「…いや」
「………」
「違うよな。 …ごめん、月島はわかってて言ってるんだろうけど、つい言葉が出た」
「いえ、全然。 あの人にとって些細なことっていっぱいあるようで、ちっともない気がしてくる。
ほんっと、おかしな人ですよね」
「………」
おかしな人、か。
「どうにも僕を惹きつけてやまない、厄介な人です、ほんとに」
「………」
「………」
いつの間にか歌が止んでいた。
穂波ちゃんは空に手をかざし、しばらくそのまま止まった。
それから腕を上にぐーッと伸ばしストレッチをし、すとんと力を抜くと、
おそらく何か、本を読み始めた。
手元も目線の先も見えないが、きっと本を手にしてる。
「例えば僕たちがこのままここにいたとして」
「………」
…月島、よく喋るな。
「あの人は一人であそこで時間を過ごす。それはあの人にとって良い時間で」
「………」
「でも僕らがそこに参入して行ったとしても、それを必ず良い時間として捉える」
「………」
「はぁ、僕動けなくなったんですけど、赤葦さんはこの後どうするつもりなんですか?」
突然の問い。
「俺は……」