第3章 くじら
ー赤葦sideー
枕草子の一節を声に出して空で読み、
それから穂波ちゃんは俺の手を握った。
あまりの突然の出来事、
それから初めて女性と手を繋ぐこと、
いやなんかもう色々相まってちょっとよくわからない心境だったけど。
それと同時にあまりの穂波ちゃんの変わらなさに、
心底、ほっとしたというか、
逆に心臓が持たない感じがあるな、というか。
なぜなら、好きだということを伝えただけで、
さらに彼女を好きになった感じがしていた。
その上、孤爪に言われた一言により、
真っ暗なところを彷徨い考えた末に浮き彫りになったのは、
やはりどうしようもないくらいに彼女のことが好きだ、という強い確信だった。
だから一層、穂波ちゃんの笑顔が輝いてみえる。
穂波ちゃんの一挙一動が尊いというか…
前より更に威力を増して俺の中に入ってくる。
…なのに。 やはり。
それなのになぜか、落ち着いてしまうというか。
力みのない穂波ちゃんに乗せられるように流されるように、
ごく自然に今この状態を受け入れることができ、味わうことができてしまう。
これが、穂波ちゃんのいうところの魔法、だろうか。
銭湯で湯船に浸かりながら、去年孤爪と交わした会話を思い出していた。
俺がただ、穂波ちゃんに想いを寄せてるという旨を孤爪に伝えておこうと思って伝えた時のこと。
──「…俺は、自分の気持ちを穂波ちゃんに伝えるかはわからない。
伝えてしまったら、今まで通りにはいけない気がして」
「………」
「………」
「…多分、予想を超えていつも通りでいれるんじゃない。穂波ってそういうとこあるし。
…まぁ、その辺は赤葦の好きにすればいいよ。 …じゃあ、おれ、部屋行くね。 おやすみ」
「あぁ、うん。おやすみ」
一連のその会話を思い出し、全くもって孤爪の言う通りだな、と今。
身をもって知る。