第3章 くじら
ー穂波sideー
「…ふ どーぞ、いっておいで」
強引で、でも優しいキスのあと、
研磨くんが耳元で囁いた。
いじわるとかもやもやとか一切ない、
いつもの澄んだ声で。優しく。
そして色っぽく。
いちいち色っぽいものだから、行っておいでって言われてるのに
ぐって身体を引き寄せて、もっと と強請りたくなる。
でもお言葉に甘えて、京治くんの方に向かった。
その前に一度、そっとキスを返して。
京治くんはわたしの落とした色々を拾いながら
少しずづこちらに近づいてきていて
そしてヘアオイルの小瓶を手にしたところで
何か様子が変わった感じがした。
目を押さえてて、目眩がするのかな、と思った。
でも、大丈夫だよって。
ちょっと思い出すことがあっただけだと、そう言ったので安心。
言葉だけじゃなくて、声色や表情も安心できるものだったから、うん。
一緒にかえろ、って誘った。
一緒に帰るって言っても、校舎はすぐそこだけど。
京治くんが集めてくれたいろいろを受け取って
お風呂用のバッグに入れると研磨くんが隣に来た。
「孤爪… さっきはごめん」
「…別に。謝られるようなことされてないけど」
「………」
そうだった。
何か揉め事があったっぽいことを言ってた。
それを聞いて呑気にうはうはしたんだ、わたし。
「…それから俺、やっぱり孤爪に言われたようにはできない」
「………」
「だから、今まで通りか」
「………」
「もしかしたらそれ以上の感覚で行くから。それならいいよな?」
「…いいんじゃない、無理矢理じゃなければ。泣かせなければ」
「じゃあ、そういうことで」
「…ふ」
「…?」
全然意味がわからない、でも和解してるっぽい会話がわたしを挟んでなされ
そして最後の研磨くんの ふ って笑いに京治くんは ? を浮かべてる。
「だから言ったじゃん、前に」
「…あぁ、そうだな。それも思い出したんだよ、お陰で」
「…ふーん」
「じゃあまぁ、そういうことで」
どういうことでか、わたしには全くのさっぱりちんぷんかんぷんだけど、
2人がごくごく普通に、いつもと変わらない様子でいることに、
えも言われぬ多幸感が降り注ぐ。