第13章 空
ー穂波sideー
「ちょっと待って」
水道に向かって走っていると腕をぐっと掴まれた。
立ち止まって振り返ると、少しだけ息を切らした蛍くん。
大した距離じゃなくても、全力じゃなくても、
後から追いかけるとなると、それなりに走るものね。
「…これ、はい」
『…え、あ、うん? わたしに? ありがとう。 …開けてみても良い?』
「うん」
蛍くんから渡された、白い小さな紙袋。
ハギレだろうか、裂いた布をリボンのようにしてラッピングされてる。
…かわいい。
中には、タイダイ染めをされたシュシュが入っていた。
『…わぁ、素敵。 藍染?』
「うん、藍染だって。 琉球藍って言ってた」
『……』
「あ、そう、んーと……」
贈り物をすることにまだ、あまり慣れた感じのない蛍くんが愛おしくて
じーっと、じーっと見つめてしまった。
そんなことしたら余計に喋りにくいだろうに、わかっていながら止められなかった。
「…この間母さんと買い物行って。
それで母さんの友達がやってるギャラリーに行った。
…それで、その時その、染色もしてる布作家の展示会中で…… っわ」
ぽりぽりとこめかみを人差し指でかきながら
目線を逸らして話を続ける蛍くんが、かわいくてたまらなくて。
今度は、せっかく喋ってくれてるのに抱き付かずにはいられなかった。
最後まで聞くことが出来なかった。
「…っびっくりした」
『ありがとう。 嬉しい』
「……」
『大事にするね』
「…大事には、してくれると思ってる。
でも、そうじゃなくて… 使ってもらえると嬉しい …デス」
『……』
きゅんが、止まらなかった。
蛍くんの伝えたい事柄も、それから少し遅れてついてきた敬語も。
それから蛍くんは抱きついているわたしの肩に手を添え、すっと身体を離し、
「…後ろ、向いてください」
と言った。
言いながらわたしの手からシュシュを掴んでいたし、何をするのかは明らかだった。
キスもしたことがある。
一緒の部屋で寝たこともある。
それなのに髪を触られることが、すごく特別な感じがした。