第13章 空
だというのに。
数分前に、彼氏でもない僕が、キスをしたというのに。
この人はまた、あっけらかんと僕と一緒に歩いているわけだ。
去年の夏に一緒に過ごした場所に向かうため。
もちろん、キスの後はぽかんとして、
顔を赤らめて、動揺もしていたけれども。
「すごいいっぱい写真撮ってたから写真自体も送ってもらうことにする」
『そっか、良いのがあったら送ってね?』
「あぁ、うん。わかった」
『…わー、懐かしい。 そっか、前来た時は向こうから歩いてきたんだね?』
「そうそう…」
投げつけられたゼリーで服が濡れて、
それを洗いながそうと思ったら一緒に水で遊んでしまって、
それからここで服が乾くまでの間、時間を過ごした。
『…顔洗いたい』
「…ちょっと、また水遊びするのはやめてよ」
『大丈夫。 わたしの着替えはあるから』
「うわ、それって」
『んふ、大丈夫、しないしない。 でもちょっと顔洗ってきても良い?』
そんなの別に、だめなわけないデショ。
…ていうか、森然の合宿で、狂ったように顔を洗う穂波さんを見たな、とか思い出してた。
小走りで水道まで向かう穂波さんの後ろ姿を見ながらジャージのポケットに手を突っ込んだ。
かさりと、乾いた紙袋の感触がした。