第12章 Hi!
ー穂波sideー
人の集まる場所。
公の場でもプライベートな場でも。
いつだってあるわけじゃない、
でも本当にごく稀に、訪れる、ふっとした静寂。
経験をしたことなくても誰もがきっと、不思議と体感したことはあるんじゃないか。
沢山の人が集まった我が家の庭や屋内から絶えず聞こえてきていた、
賑やかな声。 声だけじゃなく足音や調理器具同士が当たる音。
そこに蝉の鳴き声、風にそよぐ木々の音、遠くから微かに聞こえる小川のせせらぎ。
そういうものが相まって温かな賑やかな音が奏でられていた。
そこにふっと、静けさが訪れた。
庭で準備をしていたみんなが散り散りになっていなくなった。
家の中からは変わらず音は聞こえるたけれど、
縁側にいる私たちには庭からの音や人の気配がなくなるだけで静寂を感じるには十分だった。
蝉の鳴き声など自然が奏でる音もまた変わらずにそこにあった。
それがまた、訪れた静けさを演出しているようだった。
その一瞬を待っていた、とでも言うように侑くんはわたしに口付けた。
間抜けに見上げたその顎をくいっと持ち上げ、
柔らかくねっとりと、でも、いやらしくない、どこかさわやかなやつ。
そしてその巧みさに、次を期待してしまうやつ。
目を閉じるのを忘れそびれたわたしの視界には侑くんの綺麗なまつ毛とまぶたしか見えなくて。
頭の中は妙に冷静で、且つ能天気で。
これは、記憶に残るキスだなぁ、それに侑くんの言ってた通り完全犯罪だ。
などとぼんやりとそんなことを思っていた。
「…目ぇ、開いとるし」
『…ん、思わず見惚れてた』
「見惚れとる場合か!」
『え、今それ侑くんが言うこと?』
「いやもう、あまりの能天気っぷりによぉわからんくなってまった」
『ふっ…笑』
「ぶはっ…笑」
それからひとしきり笑って、
またぐだぐだと過ごしそうになったところに信介さんのお出ましで侑くんはそれどころじゃなくなった。
信介さんは家からお野菜を持ってきてくれたみたいで、
バーベキューに使う野菜はほとんど全て、朝採れの夏野菜メインの信介さん家のお野菜だった。
ほんとの贅沢があふれんばかりにある、時間だったなとしみじみ思う。