第3章 くじら
ー赤葦sideー
これでもう泣くことはない、と思ったのだが…
またもぽろぽろと穂波ちゃんの目から、綺麗な雫が溢れてくる。
『これは、嬉し涙です』
「…うれしなみだ」
『うん、放っておいていいですよ』
「あはは、そっか… じゃあ、そうする」
『…ふふ』
とはいえ、ただじっとその姿を眺めていると、
またも触れたいという衝動に駆られてしまいそうなので、
何か、話をしようと思った。
穂波ちゃんと一緒にすることになる孤爪に関わる話ではなく、
俺が一方的にできる話を。
「そうだ、もう一つあった。話したいこと。
つい俺が穂波ちゃんに触っちゃうのを、自分にもあるよって話してくれた。
穂波ちゃんはなんて言ってたかな。綺麗なものに気がついたら触ってるって言ってた気がする」
『うん …ズビ』
「それで、その衝動の原因が何かわかったら教えてね、って言ってたよね」
『…ん』
「俺が触りたくなるのは、穂波ちゃんだったからだよ。まぁ、もう今更だけど」
想いを伝えてしまった以上、
今までのように気安く触れないけれど。
これでいい。
穂波ちゃんが悲しくて泣いていなければ。
『…ん 嬉しい。ありがとう』
「…?」
なぜ今俺は感謝されたのだろう。いまいちよくわからないけど。
「孤爪にはさ、俺の気持ちは伝えてるんだ」
『え、あ、え? 研磨くんに?』
「うん。だから、今日のことも全然いつも通りに話して大丈夫だよ。
…いつも通りっていうのもおかしいか」
『…笑 ん、でも、いつもとちょっと違うから。
でも、いつも通りちゃんと話します。京治くん、ありがとう』
「……俺からも、話しておく」
『…ん? あ、うん、京治くんのいいように、それは……』
「…うん、それじゃ、お風呂行こうか」
『うん、そうだね。行こっか』
そう言うと穂波ちゃんは立ち上がり、
使った湯飲みと急須を洗って、シンクを綺麗に拭いて。
調理室を後にする。