第3章 くじら
ー穂波sideー
『今のは私がっ…』
「穂波ちゃん、俺…」
完全に私が誘った…
蛍くんの時とはわけが違う。
蛍くんならいいってわけじゃないけど、
蛍くんはわたしを好きって言ってくれてて、
それに…なんだろ…
『ごめんなさい!』
「えっ えっ? 謝らないで、俺は、全然…
っていうか、彼氏がいるのにこんな、キスとかして謝るのは俺の方で…
ほんと、ごめん。孤爪にも俺からちゃんと話すから」
『ううん、わたし完全に誘った、今。吸い寄せられて、求めて、誘っちゃってた…』
「えっ…」
『ごめ…』
「もう謝らないで」
『…ん。 でも京治くん好きな人いるのに、それに……』
その好きな人は、初めて好きになった人で、
よっぽどのこと… 今みたいな事故がなければ、つまり今のは、京治くんのファーストキ…
『あああああああ……なんてことしちゃったんだろう』
「いやちょっと待って、穂波ちゃん、落ち着いて? って俺が言うのもおかしいけど」
『………』
「お茶、もらってもいいかな? あったかいの、いただきたい」
『あっ、うん。 五穀茶でいいかな?』
「うん、それで。ありがとう」
すーっと、何かが引いていく。
京治くんの穏やかな物言いに、いつもの深く深く静かなところへ。
京治くんといる時間は基本、こうやって静かなんだ。
澄んでて、静かで、深い水の底を歩いてるみたいな心地になる。
それでいて、ふつふつと海底から気泡が溢れ出てくるように話題が尽きなくて。
弱火でじっくりことことしてるみたいな。
いつまでもこうしてたいって思うような心地良さがあって…
って、いつもそう思ってたけど、
今やらかした後で改めてそう考えると…
わたしって京治くんにすっごく魅力を感じてるんだな、とか。
そんなことを認めてしまったら、またもドキドキしてきてしまう。
…落ち着いて。
今、わたしがいるのは台所。
いつも通りに。お茶を淹れる。
それだけのことを、ちゃんと、丁寧に。
それだけで、ほらちょっと。
心がまた、落ち着きを取り戻す。