第3章 くじら
ー赤葦sideー
夕飯を食べて、一度部屋に戻って。
銭湯に行こうかと思ったけど、
その前に一度穂波ちゃんのとこに行ってみようと思った。
調理室のドアは開いていて、
でもノックして入ろうかなと思ったのだけど、
阿部さんと話をしているみたいだし、少し時を待とうと思った。
そしたらその会話は思わぬ方向に流れていき…
いや、穂波ちゃんは別に俺の話をしてるわけではなくて、
阿部さんと台所に立つのは俺といる時に似てるって、
あくまでも例えの話だ。
今いつまでも一緒にここにいたいって思ってるのは俺に、じゃなくて阿部さんにだ。
それはわかってる。
わかってるのだけど、わかっていても……
「赤葦さん、今日ここで約束されてますか?」
月島が冷静に、ごく冷静に話しかけてくる。
赤面した俺の今の状態には触れることなく。
「…え、あ。 うん、そうなんだけど」
どのタイミングで入ったらいいのか…
「…ですよね。 じゃ、僕はこれで。 お疲れ様です」
「えっ」
別におかしなことではないし、驚くとこでは微塵もないのだが、
置いていかれる、ような感じがしてしまい大きな声を出してしまった。
きょとん、と小さく首を傾げる月島。
男から見ても、整った顔立ち、というか顔立ちだけでなく
全体的ないろいろが美しいと思う。
『あ、京治くん! 蛍くん!』
「…このままだと僕も一緒に誘い込まれます」
「…いや別にそれでいいんだけど」
「いえでも、乗馬のとき、譲ってもらったので。
あのとき2人きりになれたお陰でいろいろ進んだので。
今回だけは、引きます。 …今回だけは」
月島は小さく俺にだけ聞こえる声でそう言って、それから
「あ、穂波さん。お疲れさまです。
僕ちょっと山口待たせてるんで。また、来ますね」
さらっと嘘?だろうか、わからないがそれっぽいことを言って去っていく。
残された俺。
なにをこんなに慌ててるのかわからない。
深呼吸。 いつも通りに。
…でも。
月島の言ったあの時いろいろ進んだの、いろいろとは?進んだとは?
考えだすとどんどん、気になってくる。