第9章 aims
ー穂波sideー
福永くんとは春高後に一度出かけた。
Dialog in the darkっていう真っ暗闇を体験するところへ。
それはそれは豊かな経験だった。
音が、匂いが、体温が、
人の発する振動?波動?みたいなものが。
耳に、肌に、触れてくる感じというか。
とにかくすごい。
これがデフォルトの世界って… すごいって思った。
そしてそのあとしばらく、わたしはスティービーワンダーを聴きまくった。
その日の帰り道も、福永くんと数曲歌って帰った。
手を繋いで、たまに踊ったりしながら、
妬み荒みとか一切ない、底抜けに明るくて、優しくて、力強いスティービーワンダーの名曲を、
いっぱい、一緒に歌った。
大切な、思い出。大切な記憶のカケラ。
『お土産何がいいかな。アイスとか、冷凍庫空いてなかったら困っちゃうかな』
「あぁ…」
『でも焼き菓子って感じでもないよねぇ、暑いし。ゼリーなら常温でもいけるのあるし、ゼリー良いかな』
「ゼリーいいかも。 あ、穂波今度ゼリーの作り方教えて」
『ゼリーの作り方?』
「うん。 穂波のゼリーすき」
『ふふ、わかった。喜んで♡ なんのゼリーがいいかなぁ。甘夏? 桃、メロン……迷うね』
「普通に缶詰のみかんのと、あとなんかもう一個。この間の甘夏の美味しかった」
『うん、基本中身を変えるだけだから一緒だから。でもそうだなぁ… ちょっと考えとく』
「うん」
考えとく、とは言ったけど。
渡米までもう1ヶ月を切っていて。
そう思うと… 自分でした決断なのに。
揺らぎようがないのに。
寂しくて仕方ない。
でもそれはこっちにマインドが来すぎてるから。
今にっていうより、少し後ろに。
だからそれを、照準を今と前に合わせればほら。
「…ふ、穂波っておもしろい」
『…?』
「寂しそうな顔したり、楽しそうな顔したり、嬉しそうな顔したり」
ふわっと、寂しさをそっとしておける。
薄れなくていい。でもその寂しさに浸るのはあとでいい。
そんな風に、思えてくる。