第9章 aims
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「…ちょっと待って。もう、小屋はそこなんだろうけど」
歩き出して、小屋まであと何歩だよって書いてあったとこをすぎて。
幸郎くんが立ち止まった。遠くを見ながら。
「雷鳥…? いやでもこの時間帯にはいない…かな でもちょっと、みててもいい?」
『うん、もちろんだよ。ごゆっくりどうぞ』
幸郎くんは双眼鏡を覗き込む。
まだ雪化粧をした山頂近く。
焼岳小屋は標高2090mのとこにある。
雲の、上。
いいないいな。
そんなことを思いながら、静かに静かに観察をしてる幸郎くんの横にいることを味わった。
「繁殖期…なのかな? 一度荷物置いてまた、じっくり見にきてみる」
『うん。別に荷物置かずにここにいてもいいよ』
「うん、でも友達待ってるだろうから」
『うん。じゃあ、そうしよっか』
そうして進路に向かって身体を向けると
遠くの方にスーパーヒーローみたいに仁王立ちするかっこいい、かっこいい人がいた。
おーい、と声には出さないけど、手を振ると。
見えないけどきっとサムズアップしてるんだろうなって動きをする。
左手は腰に添えたまま、右手を前に突き出して。
「あはは、烏野リベロ、やっぱかっこいいね」
『ね、夕くんってほんとにかっこいいよね』
「うん。ここで妬けないのがいいや」
『やけない?』
「うん、なんだろね、もう枠外のかっこよさっていうかさ」
『うんうん』
夕くんは大きな声を出すことも腕をブンブン振ることもなく
わたしたちが近づくのをそのままその場所で待ってくれた。
『夕くん、来ちゃった』
「おぅ!よく来たな!」
「…いや、ほんとなにごと。来ちゃったのかわいさと、よく来たなのかっこよさ」
「おぅ!鴎台の!」
「あ、昼神です。お世話になります」
「よし、じゃあ、とりあえず小屋へ行くか」
そういってあちらを向いて歩き出した夕くんの背中には
「山川万里」
の文字。
夕くんはここもそしてこれからの地も。
真っ直ぐに立って真っ直ぐに向き合っているんだろうな。
山川万里と呼ばれるところへ辿り着いても
変わらないんだろうなって背中を見てしみじみ思った。