第9章 aims
ー月島sideー
『蛍くんの、背中の骨の感触も、長くて細い指の骨張った感じも…
髪の毛の柔らかさも、体温もくちび…… んと、全部もう記憶してる。
頭ではなくて身体で。だからね、忘れ得ないよ』
…上野で会ったときに僕がやや暴走気味に話したことを、
今ここでこんな風に、返してくる。
ボールが弾むように。
「今、唇って言いかけてやめた? 何でやめたの? やらしい」
『…そりゃだって そりゃ、だって……』
「唇の感触?温度? 忘れそうってこと? それじゃもう一回忘れないように」
からかいがてら、もう一度キスをする口実を。
僕のこと、忘れないで。
女々しいけど、この人が忘れるはずないけど、でも。
そんなことを思いながらキスを落とす。
「…離したくないけど」
『…ん』
「阿部さんのとこ行きたいだろうし、行き先が阿部さんだから離すよ」
行き先が男のとこだったら、離せるかはわからないけど。
『…ん、じゃあまたあとでね』
ほわんとした顔のまま、小さく笑ってそう言って。
調理室へと歩き出した穂波さんの背中を見送る。
──「月島、お前キスしてただろ?」
地球館地下一階を見終え、一階から特設展会場に入場して鑑賞し、
ミュージアムショップをじっくり見て、それぞれ買い物をして外へ出た。
動物園前で待ち合わせと決めた時間まではまだ余裕があった。
上野公園の噴水のところに腰掛けてソフトクリームを食べた。
『全ては原子でできている』
穂波さんが呟いた。
展示のほんと最初の方に書いてあった言葉だ。
『何度聞いても、何度思い出しても。すき』
「………」
『すきなものもすきじゃないものも、有機物も無機物も、なにもかも。
全ては同じ原子でできてる。 それってなんか…』
「………」
『途方もなくていい意味で諦めが効くし、愛おしさがすごい。その一方で……』
「………」
『それでも違うものになり得ることに可能性とか奇跡とか軌跡とかそういうのも感じて
こっちもまた愛おしさがすごい』
そんなことをどこか儚く呟く穂波さんを隣に。
いても経ってもいられずキスをした。