第3章 くじら
ー穂波sideー
「ほんっと、馬鹿じゃないの。 キスしちゃうよ?」
後ろから抱きしめられて、こっち見てって言われて。
つい振り返ってしまう。
どうしてだろう。
…蛍くんの魔法。
おそらく、すごく間抜けな顔をしてるわたしを見つめクスッと笑ってそれから、
すっと蛍くんの腕が解かれる。
「おかわり、ください。あと、食後には再会のハグを」
『あっ、はい。ただいま …と、後ほど?』
「…あはは、なにそれ。 …あ、うん、量、ちょうどいい。さすが穂波さん」
お茶碗を受け取り、蛍くんは席に着く。
この、ね。
この、蛍くんの感じ、ほんとにほんとにたまらないの。
わたしはこんな人に想ってもらっていて、
なのにその想いに応えることができなくって、
なのにそれでもいいからって想い続けてくれて、
そしてこのままの関係を望んでくれてる。
ほんとにいいのかな?って時折思う。
…って、わたし何もしてない。
やらなきゃ、のんちゃんにばかりやらせちゃってる。
よし。人参をしりしりしよう。
しりしりの道具は家から持ってきた。
段ボールにいっぱいの人参を持ってきてごしごしと洗って、皮を剥いていく。
…皮も使いたいけどな、でも、まぁいろいろと思うのである。
「あの大量のアジはどうしたんですか?」
『…ん? あ、わたしがいつも行ってる魚屋さんにお願いしたんだよ。
開いてね、持ってきてくれたの。だから衣つけて揚げるだけなんだ。
今は、のんちゃんがせっせと衣をつけてってくれてる』
「…へぇ。家、高校から近いんですか?」
『うん、遠くはないよ。自転車でもスケボーでも来れる距離。でも、電車で通ってるけど』
「ねぇ今度ほんとに泊まりに行ってもいい?」
『え!うん!もちろん。部活落ち着いたらかな?おいでおいで』
「…そうだね、まぁ落ち着いたらか。この間のスペアザのワンマンライブも部活で行けなかったし」
共通のすきなバンドの初の武道館ワンマンライブ。
ツトムくんにチケット2枚とってもらって。
蛍くんを誘ったけどやっぱりさすがに難しくって。
結局周平と行った。