第8章 そういえば
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『じゃあ、京治くんありがとう。今日はとっても楽しかった』
「こちらこそ、運転までしてもらってありがとう。
…これ、今日のお礼じゃないけど…… 受け取ってもらえるかな」
『え、 …あ、うん。 ありがとう』
夜の外出だし、行き先は秩父だし、出先で丁度いいものを見繕うのは難しいと思った。
なので前もって、購入しておいたものを渡す。
今日気に入った、と言ってくれていたところの製品だ。
それから前に丸の内で会った時に渡した本の続編の文庫も一緒に入れておいた。
あの日、もう一度書店に寄って数冊本を買って。
意図してはいなかったのにまるで示し合わせたプレゼント交換のように本を交換したのだ。
お互いにただ贈りたいと思って買ったのに、交換するような形になって笑ってしまった。
「近いうちに、国立の家へ行けたらなと思ってる」
『うん、是非。都合のいい時に遊びに来てね』
「いいかな?孤爪」
「え? あ、うん。 どっかで都合合わせて集まればいいんじゃないの」
孤爪が、人の集まる場所として、自分のスペースである家を提供するというのは、正直意外だと思った。
「あぁ、じゃあまた連絡する」
『うん、じゃあ京治くんまたね』
そう言って腕を広げて近づいて来て、穂波ちゃんは俺をぎゅっと抱きしめる。
俺も腕を回して抱き返すともうすっかり身体が覚えてしまった感覚が俺を包む。
温度。その柔らかさ。香り。
そういった、体感できるもの。
4年間、離れて暮らすということは。精神論では容易いだろう。
だがこうして温度を感じると、途端にすごく難しいことなのではないかと思えてくる。
孤爪と穂波ちゃんにはいつまでも幸せでいて欲しい、と心から願いを込めてしまう。
俺は何に願っているのか。
星か、蛍か… わからないけれど、
自然界にある何かに願うことで、その想いがふっと俺の元から独立していくような心地がした。
至極、抽象的ではあるけれど……
そして俺が願うまでもなく、きっとこの2人は大丈夫なのだけど。
それでも願わずにはいられないこともあるのだな、とまた。
人を想うということの豊かさを知る。