第8章 そういえば
黒いノーカラーのコート。
あまり厚手ではなく、日中はさっと脱いで腕にかけやすそうなもの。
その下にノースフェイスのグレーのフーディー、黒いショルダーポーチ、
それから黒のコーデュロイ地のロングスカート。黒のコンバース。
長い髪の毛は後ろで無造作にお団子にされていた。
『前、仙台で蛍くんと会った時もちょっと被ったの。
黒はベーシックな色だから、だから別に気にすることじゃないよね』
「…ん? あぁ、うん。 俺はかぶるくらいが嬉しいよ」
『………』
ただ思ったままを伝えると、
あからさまに恥ずかしそうにする穂波ちゃんがたまらなく愛おしかった。
待ち合わせたのは10時。
食事もお茶もゆっくりしたくて、特に予定はないのに朝から待ち合わせにした。
今日は一日、穂波ちゃんを借りる、そんな感じで。
「どうしようか、もう書店に行っちゃう?」
『そうだなぁ… 行きたいかも。
行ってとりあえず見繕って、即決じゃない子たちは間を開けてゆっくり考えて。
やっぱり欲しかったら帰り際に寄る、とか、するのもよくない?』
「そうだね、じゃあ、そうしよっか」
何を思ったのだろうか、俺はそう言いながらすっと、手を差し伸べた。
すると一瞬躊躇して、でも、
『…ん、ありがとう』
と言って穂波ちゃんは俺の手を取った。
舞い上がるような心地がした。
どうこうなる可能性など、ないというのに。
好きな人に対して起こるこの、感情の起伏には、未だ慣れない。
受験のことで慌ただしく、
誕生日プレゼントも選べていないし。
そういうものもどこかで買えたら良い、と思いながら、
繋いだ手を痛くしない程度に強く握って書店へと向かった。