第40章 気持ちの跡
甘えたいとそう言われてしまって
俺の気持ちに甘えてもいいのかと
そう 俺に甘えようと
彼女がしてくれようとしている様が
既に俺からすれば堪らなく
いじらしく…感じてしまえて仕方ない
そして そのあげはのいじらしさが
愛おしさに変わって行くのを感じていて
ああ やはり俺は
あげはには 敵いそうにない
惚れた弱み…と 言う奴か?これは
彼女の言葉一つで 心がかき乱される
先程までの苛立ちにも似た感情が
嘘みたいに消え去って
ただ 今の俺を占めるのは
彼女が愛おしいと言う感情のみで…
「ダメだ。あげは」
「ええ?しかし
そうして欲しいと仰ったのは
杏寿郎に在りましたでしょう?」
身体に回していた腕を
彼に掴まれて外されると
杏寿郎がこちらに向き直って来て
「確かに俺は、そうして欲しいとは
君に言ったには、言ったが…。あげは」
掴まれたままの腕を握る手が
離さないと言っていて
ふと 彼の顔を見て
杏寿郎の目を見て
ある事に気が付いてしまって
「あ…」
あげはが小さく声を上げながら
そのまま後ろに下がろうとするが
トンと背中が壁に当たってしまった
「俺が、何を考えてるか
気が付いた様だが、もう遅い。
君は俺を煽るのが天才的に上手いからな。
君にそんな事を言われてしまって、
俺のなけなしの理性が持つとでも?」
「あの、杏寿郎…。私はですね、
そんなつもりではなくて。
それに…その、杏寿郎。なけなしでは
何の御自慢にもなりませんが…?」
「俺は別に、
自慢したつもりはないが?
俺は、あげは。
君に掛かれば、理性も何も
あったもんじゃないと
…言ってるだけだが?」
彼のその伏し目がちにした目元にも
声色にも 色気を感じてしまって
「君が悪い…、諦めてくれ」