第38章 牛鍋とすき焼きと胸の外と内 後編
「そんな事はない!!
俺は君に最初から、最大限の
譲歩を示していただろう?
これ以上は譲れん!君の
言いたい事は、それで終わりか?
君が何を言おうと、
俺は考えを改めるつもりはないがな」
そうつい熱くなってしまって
知らず知らずのうちに
声が大きくなっていた様で
遠巻きからひそひそと
こちらの事を話す声が聞こえて来て
「ちょっと、杏寿郎
ここは往来の真ん中に
ありますよ?声を抑えて下さい」
そう自分の考えを言ってはみたけど
杏寿郎はお金の事については…
詳細を私に知らせるつもりも
これ以上のお金も出させるのを
許すつもりは 全くないらしい…
まぁ 杏寿郎だからな
杏寿郎らしいけど……
だったら だったで
素直に折れるのが いい女なのかも
知れないけども…
ご生憎様
私は私なんだし?
大和撫子でもなんでもないのだ
ちょっと卑怯かも知れないけど
杏寿郎が男の意地を通したいのならば
こちらは こちらで
少しばかり 女の武器を使わせて貰おう
「杏寿郎。
少し、落ち着いて話をしませんか?
杏寿郎が、意地を通したいのは
良く分かりましたが。少しばかり私の話も、
お聞き頂けますでしょうか?
私達は夫婦になるのでありましょう?
ですから…、私は貴方の妻になる者として、
そうしたいし、そうありたいのです。
ここまで私が言っても、
微塵にもお心は変わりそうには
ありませんでしょうか?杏寿郎」
俺の腕に腕を絡ませて
下から潤んだ瞳で俺を見つめて来て
その視線にドキリと胸が跳ねた
いや…絆される訳にはいかん
自分の胸の辺りに
あげはがしなだれ掛かって来て
体重を預けられてしまう
彼女の髪の香りが
鼻先を掠めて
思わずその肩を抱こうとして
杏寿郎がその手を止めた
いや 待て 騙されるな
言い方こそは 穏やかな口調だが
言ってる内容を考えればだな
俺が頑として
自分の意を通そうとする様にして
彼女の方もまた 俺と同じようにして
頑ななまでに
自分の筋を通そうとしていて
どうにも 話は平行線を辿りそうであった