第38章 牛鍋とすき焼きと胸の外と内 後編
「ああ。両家が一同に出席する、
略式結納のつもりだが。あげは。
君には、振袖を着て貰いたいと考えている。
無論、君に振袖を着て貰うのだから、
こちらも紋付き袴のつもりでいるが?」
その言葉を聞いて 納得はついたが
略式結納ではあるが…
私に振袖を着て欲しいという意向で
振袖に合わせる紋付き袴であるならば
それこそ 五つ紋であろうし
略式だと 彼は言ったけども
第一礼装だ 随分と格式の高い結納だな
彼は礼節を重んじる性格にあるから
杏寿郎らしいと言えば 杏寿郎らしいが…
別に 略式で済ませるのであれば
そこまで…の 礼装に拘らなくても
「略式であるのににありますか?
略式であるのなら、
わざわざ振袖でなくとも。
訪問着でありましても…あ!」
あげはがそこまで言って
ある事を思い出して声を上げた
「気が…、ついたか?あげは」
振袖と言う言葉を自分で言って
あげはの脳裏に
ある一枚の振袖の姿が浮かびあがって来る
まるで 私の記憶の引き出しが
あの 振袖があるよ…とでも
私に 言っているかの様に…して
あの 振袖…がある
その 一着の振袖の存在を 今 思い出した事も
それすらも まるで…
それを 着なさいと
何かに言われてるみたいに感じて
「あげは?」
私の様子を気にした
杏寿郎が声を掛けて来て
「杏寿郎。
あの…、振袖でも構わないですか?
どうしても、
着たいと…思う物がありまして。
袖を切るつもりのない、振袖が…一着。
振袖の姿でしか着る事が叶わないので。
あの、もしや、
その話は…しのぶちゃんから?」
ある考えが同時に浮かんで
それを確認する様に彼に問うた
私に結納で振袖を着て欲しいと言った
それにさっき
気が付いたかと聞いて来た
彼の杏寿郎の言葉の意味する所を知って
あげはがそう言うと
杏寿郎の顔を見た
その顔がふっと笑顔に変わる
その笑顔は 知っていると言う笑顔で
ああ やっぱり そうだったんだと
私の中で 確信に変わって行く